2017年11月19日

【動画】歴史人物伝特別編「工作員・西郷隆盛~第3話 「ツ・ン・デ・レ大名島津久光の真実」


チャンネルくららから。


動画概要:
2017/11/19 に公開
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『工作員・西郷隆盛 謀略の幕末維新史 』(講談社+α新書)
倉山 満 : http://amzn.to/2Ad7TwH

面白い動画でしたし特に文句もありませんが……
ただ一点あえて言うとすれば「譬えが悪い」。
公○党などという比喩を持ちだされると、むしろ「慶喜よくやった」という話になってしまいます。
自民党はいつまで反日連立やってんだというか何というか……上様の爪の垢でも云々という気がしてくるのは私だけでしょうか。

慶喜がどういう「計算」でそれをやったのか、さらに後の展開(薩長同盟)を知っているといろいろ思うところもありますが、やりたいようにやりたい政治家にとって時として「恩人」というものほど邪魔な存在はないかもしれません。そうして必要とあらば恩知らずな真似だろうと何だろうと平気でやってのけてしまえる慶喜の「エゴイスト」ぶりというのは、マキャベリストとしては優秀さの一つではあったのかもしれません。

逆に久光はいい人すぎるということでしょうか。慶喜にはコケにされ、西郷たちには「騙され」たあげくの温泉回ですからねぇ……
(藩の内政だけやっていればいい安定期なら、徳治の名君にもなれたかもしれませんが)

とはいえ久光、西郷にコケにされつつも文久の改革をなしとげてはいるのですから、それなりにデキる人ではあったのかもしれません。
こちらをはじめ何度も言っていますが、薩摩はもとより一橋派で公武合体派ですから、その一橋派の復権に寄与した久光も、藩の従来路線をきちんと踏襲してもいるわけで、決して私利私欲で藩政を壟断したわけでもないでしょう。
また、文久の改革の後は江戸に長居したわけでもなく、役目はすんだとばかりさっさと引きあげていますから、国政に介入しつづけたということでもないようですし……むしろ無欲すぎるといってもよいくらいかもしれません。
結局のところ、難渋している公武合体路線を、手助けしてやろう、一肌脱いでやろうという、お節介というか義侠心というか、貫録を見せたのが文久の改革のときの久光だったようにも思います。

が、人と人との間を取り持つ調整型のやりくり、人格者の徳でまとめてみんなナカヨク……ではどうにもならない時代に、当時の日本はすでに突入しつつあったのでしょうか。
こちらでも書きましたが、十四代将軍家茂の時代は、幕末のテロが一気に猖獗した時代。桜田門外の変はパンドラの箱を開けた感があったようにも思います。
尊皇の志士が過激化し武力討幕を叫びながら殺し殺されの怨念の渦中にあったとき、今さら中途半端な改革に、何ほどの意味があったのか。疑問ではあるかもしれません。
慶喜が十四代目の将軍になれていればまだしも、なりそこなって、流血の惨事を見てしまったあとでは、それもまた「今さら」だったかもしれませんしね……

その「今さら」感に、気づいていた、または遠からず気づいたのが、討幕派の志士たちだったかもしれませんし、薩摩でいえばそれこそ西郷や大久保だったでしょうか。
逆に、そのような時流に最後まで気づかなかった、気づこうとしなかったのが、久光かもしれません? あるいは気づいていながらあえて掉さそうとしつづけたのでしょうか(ツンデレキャラならそれもありかもしれません)

何にせよ、生麦事件が起きるのは、まさにその久光が文久の改革を成し遂げて薩摩に戻る帰路。それをきっかけに薩英戦争が勃発し、薩摩は大英帝国と関係を結ぶことにもなっていくわけで……
維新後も生涯髷を解かなかったという守旧派の久光の行列が、幕末維新へ向けてのポイント・オブ・ノーリターンの一つを超えてしまうのですから、皮肉といえば皮肉な展開ではあったかもしれません。
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posted by 蘇芳 at 20:17| 江戸時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする