2017年10月14日

空に聳ゆるををしさに


たて山の空に聳ゆるををしさにならへとぞ思ふみよのすがたも
というのは有名な昭和天皇の御製だが、実は大正十三年、皇太子時代の御歌。「みよ」と敬語表現になっているのも、父帝・大正天皇様の御代だからだろう。

つまり摂政宮ご自身もまた、父帝陛下の御代にお仕えするお立場であり、ある意味、国民と目線を一つにしておいでになる。だからというべきか、「ならへ」と命令形になってはいるが、そこに高飛車な響きなどはさらにない(まあ、普通にお人柄かもしれないが)。
碧空にそびえるあの立山のように、すがすがしくも雄々しい御代を築きあげなければならない、築きあげよう、と……
父帝の御代をお預かりする摂政宮としての、責任と決意と、若々しい抱負をお述べになり、率先垂範、国民の先頭に立って、音頭を取っておいでになる、と、拝察すべきだろうか。

作歌の背景となったのは、陸軍大演習御統監のための富山県行啓。
北日本新聞ウェブ[webun ウェブン]:1.「陸軍大演習」/大正13年11月3日~11日
一つ注目しておくべきはその日付だろう。
11月3日というのは、つまるところ明治節である。
祖父明治大帝を理想とも目標とも仰ぎ見られた昭和天皇が、「みよのすがた」をお詠みになるにあたって、この日付を意識しておいでにならなかったはずがない。

「空に聳ゆる」「たて山」のような御代の「ををしさ」とは、別の言い方をすれば、明治の御代のような「ををしさ」でもあったのではないだろうか。
つまるところ、ここでは、後の「昭和」の帝が、「大正」の御代を、「明治」の御代のごとくに成し遂げようと、決意あそばされていることになる。
それもこれも、御病篤い父帝になりかわって、一切の責任を引き受けんと、雄々しくも健気に決意あそばされたゆえである。とすれば……
ここにもやはり、こちらで憶測申し上げた、摂政宮の「孝心」を見て取ることが、できなくはないような気もするのだ。
たて山の空に聳ゆるををしさにならへとぞ思ふみよのすがたも
Amazon:
歌人・今上天皇 (1976年)
昭和天皇のおほみうた―御製に仰ぐご生涯

追記:
ちなみにこの御歌、岡野貞一が作曲し、長年、富山県民歌に準ずる扱いを受けてきたが、実は正式に制定されたものではないという。
wiki:
立山の歌
富山県民の歌
それならそれで、その昭和33年に、すなおに正式指定すればすんだものを、わざわざ別の歌を用意するとは、また妙にメンドクサイことをしたものだ。
おかげさまでというべきか、音源を探してもなかなかに見つけにくい💧

posted by 蘇芳 at 21:02| 昭和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする