2017年10月09日

【動画】群馬県護国神社






動画概要:
1)2014/01/27 に公開
撮影日2014年01月23日
群馬県高崎市にある護国神社を歩いてみました。
住所は、群馬県高崎市乗附町2000です。

2)2014/11/19 に公開
高度経済成長期の貴重な映像資料です。
群馬県護国神社ホームページ
wiki:群馬縣護國神社

明治42年、群馬県招魂会が結成され、高崎公園内に建立された「英霊殿」において、招魂祭を斎行するようになったのが創建のルーツ。
昭和14年、というからには、つまるところ例の内務省令に伴って、群馬県護国神社を創祀するにあたって、その祭祀を継承したとのこと。
2年後の昭和16年、現在地に社殿が完成。
敗戦後は例によってGHQの弾圧を受け、社名の変更などでしのいだそうですが、主権回復後の昭和29年7月12日を期して元の社名に復したとのこと。

2本目の動画、昭和34年というのは、その社名復活の5年後ということになるようです。

主権回復から戦後の経済成長へ。そして反日共産主義へと、日本全体が変質していきつつある時代。60年安保に見るごとく、敵勢力の侵蝕著しい時代だったでしょうか。
戦後昭和史:1959年・昭和34年の出来事
wiki:1959年
しかしながら、何かがおかしくなり〝はじめた”時代とは、相対的に、まだ大部分はマトモだった時代、とも言えるかもしれません(最初の変化の兆候は、小さく、目立たず、だからこそ、容易に見落とされてしまうのでしょう)。
戦没者遺族もまだまだ多数健在、大戦の記憶も現在より生々しく。動画に見るごとく、護国神社の英霊祭祀も盛んなら、上のリンク先サイトには、
03/19 「自衛のための核戦力は合憲」と政府の統一見解発表。
との記述さえ見られるようです。
政治家がどれほどの覚悟でそれを口にしたのか、よく知りませんが……少なくとも政府がそれを口にすることが不可能ではない時代の空気はまだ残ってはいたのでしょうか。
それが今や……
産経ニュース:安倍晋三首相「非核三原則を堅持する。日本の核保有あり得ない」「憲法改正は国民的論議を」
保守速報:【これはヒドイw】希望の党、民進出身者に配慮して政策協定書から「集団的自衛権、安保法容認」を削除 「憲法にのっとり適切に運用する」に変更へwwwwwwwwwwwwwwwww

祖国の歴史や名誉や真実を封殺して恥じない左翼的な売国的な反日的な軽佻浮薄な世相は、その後、いよいよ猛威をふるい、日本を内側から腐らせようとしてきたのかもしれません。
(岸の孫には表に出せない本音があるのだと思いたいところではありますが、その「表に出せない」というそのこと自体が、戦後日本の頽落を示しているとも言えるでしょう)
そんな祖国のありさまを、各府県の護国の宮に鎮まる数多の英霊たちは、どのような思いで見つめておいでなのでしょうか。。。
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故郷の護國神社と靖國神社―「故郷の護國神社展」の記録 (シリーズ・ふるさと靖國)
ラベル:護国神社
posted by 蘇芳 at 20:07|  L 護国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする