2017年09月01日

【動画】『経済で読み解く明治維新』第2回「フェートン号事件~鎖国のウソと世界史に巻き込まれる日本」


チャンネルくららから。


動画概要:
2016/04/07 に公開
フェートン号事件はナポレオン戦争の一部だった!?
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こちらでも書いたように、フェートン号以前にすでにレザノフの一件があり、危機意識は高まっていたという話もないことはないようですが……
近世日本の対外関係の転換点であり、幕藩制国家滅亡の危機を予感させるほどの衝撃があった。そして、この過程で、鎖国を祖法とする観念と政策が整備され、対外的危機意識と攘夷観などが醸成されることになった。
wiki:文化露寇
しかし、倉山氏も上念氏もわりと対露関連はスルーしていますね。
大黒屋光太夫の名前などは出てきましたが……
倉山氏&上念氏的には、松尾晋一の言う「危機意識」はあくまで民間有志のそれであって、幕府は平和ボケということでしょうか? 間宮林蔵は幕吏だったような気もしますが……そんな下っ端が「覚醒」しても上がアホではどうにもなりませんか。

文化露寇という「危機」をきっかけに国防意識が高まったという松尾氏の話ならわかりやすいですが、フェートン号事件の「危機」以降50年にもわたって平和ボケがつづいたというのは、ホンマかいなという気もしないでもない。ですが、まあ、本当の大ボケ小ボケというのは、そんなものなのかもしれません?

実際、こちらなどで倉山氏にオットセイ呼ばわりされていた徳川家斉ですが、wikiでこの人の経歴などを瞥見すると、辛うじて異国船打払令を「出した」ことが書いてあるくらいで、国防に関する一貫した記述はあまり見られないようです。
wiki:徳川家斉
所詮wikiですから執筆者の質がアレだという可能性もありますが、むしろ、家斉目線ではほかに書きようがない。国防のことなど、書きたくても書けない。それくらい関心や主体的関与が薄かった、ということでもあるのかもしれません?

その異国船打払令にしても、出されたのも家斉の時代ですが、
モリソン号事件の不手際などから同法令に批判が高まったのも家斉の時代、
結局それが廃止に追い込まれたのは天保十三年(1842年)、家斉の没した翌年早々のことだったとか。
wiki:異国船打払令
いろいろ事情はあるでしょうから、この右往左往ぶりを見苦しいの一言で片づけるのも気は引けますが……幕府の強力なリーダーシップが感じられるというほどでもないのは、間違いのないところかもしれません。
(もっとも、上の松尾晋一は、この右往左往こそ、強硬姿勢を見せたり、タイミングを見て軟化したりといった、「たくみな外交」として評価しているようにも読めた気はします。私の誤読でなければ、ですが。そういう解釈もありうる……のかもしれません?)

さらに加えると、ペリー来航の四年前、家斉死去からは八年後にあたる嘉永二年(1849年)には、またぞろこの異国船打払令を復活させてはどうかという話が持ち上がり、幕府が関係者に諮問したといいますから、フェートン号事件から数えれば四十年にもわたって、幕府の右往左往は続いていたことになるのかもしれません。

ちなみにこのとき、従来から大艦建造の必要性を説いて幕府の弱腰を批判、疎まれて隠居を命じられていた水戸の徳川斉昭は、これまで海防についてさんざんに警鐘を鳴らしてきたのに今さら何だ、とへそを曲げて、
今更に何をかいはむ武蔵野の蓬が中のあさましの身は
の一首を友人の薩摩藩主・島津斉彬に書き送ったとのこと。
それに対する斉彬の返しは、
武蔵野にしげる蓬の白露を君ならずして誰かはらはむ
今こそアンタの出番だろう、他に誰がやるんだとはっぱをかけたそうです。

実際、ペリー来航後には斉昭は幕府の海防参与に就任して、江戸防備のために大砲を建造したり、洋式軍艦「旭日丸」を建造して幕府に献上したり、と、活躍。したようですが……
時すでに遅かった、というべきか、今さら水戸流の攘夷論で西洋列強を向こうに回して勝ち目があるわけもなく、現実的な開国論へと幕府は舵を切っていく(切らざるをえなくなっていく)、といったところでしょうか?
wiki:徳川斉昭
フェートン号以来約半世紀。人材はいた、警鐘はあちこちで鳴っていた、しかし活かされなかった、という……
こちらで倉山氏が「本当に平和ボケしていたのは50年だけ」と言っていた、その「50年」が、そんな時代だったのだとすれば、戦後「70年」の私たちにとっても、身につまされる話のような気はします。
(以前にも書いた気はしますが、「50年」のツケが幕末の動乱なら、「70年」のツケはいったいどれほどになるのでしょうね……
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追記:
ちなみに上の徳川斉昭の七男が誰あろう後の徳川慶喜だそうで。
過激な攘夷論者の息子が、尊皇攘夷運動とやらに小突き回されたげくに白旗を挙げたら、なぜか尊皇攘夷の皆さんのほうが開国だ文明開化だとやりだしたという……あらためて考えてみると因果な話のような気もします。