2017年08月05日

【動画】世界と戦った日本人の近現代史 第3回「タレイランやりたい放題 ~ウィーン会議から日本近代化が始まる」


チャンネルくららから。



日本があまり登場しませんでしたが……
ついでに米国も(他の時代に話が飛んだときはさておき)登場しない動画でもありました。

米国の独立宣言が1776年、ウィーン会議が1814年~1815年
この当時の米国など、建国からまだ40年にもならない新興国です。

では黒船来航の時点ではどうか?といえば……
ペリー来航は嘉永6年(1853)ですから、所詮はそれも、ウィーン会議のわずか38年後の話でしかありません。

戦後日本では、長らく、「砲艦外交」で日本に「開国」を「強制」した「強大」な「大国」であるところの米国が云々という神話が語られてきましたが……
少なくとも当時の米国が欧州基準で五大国の数に入っていなかったことは確かでしょう。
(もちろん「新興国」というのはつまり「勢いのある国」ではありえたかもしれませんが)
ペリーの「砲艦外交」なども、パーマストンのそれに比べれば、所詮、チャンチャラ可笑しいという程度の話でしかないかもしれません。

そんな「弱小」の「新興国」が日本に通商を求めてきた理由については、おそらく、次回以降の動画で語られるのでしょうが……

当時、日本を取り巻いていた国際環境・国際秩序の現実(および日本人の目に映ったところのそれ)は、現代の私たちがついつい抱いてしまうイメージとは、根本的に異なるものだった。かもしれない。
江戸時代の外交・国防、そして明治維新を正当に評価するためには、まずはそのことを理解しておく必要があるのかもしれません。