2017年07月24日

【動画】新潟県護国神社















新潟県総鎮護 新潟縣護國神社
新潟県総鎮護 新潟縣護國神社
wiki:新潟縣護國神社

普段は静かなようですが、絵馬などもわりとたくさんかかっているようですし、みたままつりや初詣、あと武道大会?などもしっかりにぎわっているようで、何よりです。すべてを貼るわけにもいきませんが、youtubeには他にも例大祭の動画などわりとたくさんUPされているようです。それだけ地元に親しまれているということでしょうか。

戊辰戦争当時、新潟は、幕府側に参加した長岡藩と、新政府側に参加した諸藩に分かれ、相争ったとのこと。
明治元年十月、新潟県常盤岡に建立された招魂場で、新政府軍側戦没者四一六柱の慰霊祭を行ったのが神社の創建。
その後は明治8年、新潟招魂社となり、明治10年、新社殿建立。
明治34年、官祭社「新潟招魂社」となり、昭和14年には例の内務省令によって「新潟縣護國神社」となったとのこと。

戊辰の役に関してはやはりどうにも複雑な背景が感じられて微妙に煮え切らないものを感じなくもありませんが……
その後も国難に殉じられた新潟県関係者の英霊を合祀しつづけ、現在の御祭神は、
戊辰戦争、官軍戦没者416柱始め、先の大東亜戦争に至るまでの新潟県関係の殉国のご英霊79729柱
とのこと。今さら勤皇も佐幕もなさそうなものではあります。

なおかつ、1985年(昭和60年)には旧新潟大学本部跡地から東軍(幕府側)戦死者のものと思われる92体分の遺骨が発見され、護國神社敷地内にある「戊辰役殉難者墓苑」に埋葬され……やがて1987年(昭和62年)には「戊辰役東軍慰霊碑」も建てられたとのこと。
新潟県護国神社:境内案内図>2.戊辰役殉難者墓苑
ご本殿に堂々とお祀りすることは難しいのかどうなのかわかりませんが、しかしまた、神社にお墓がある、とはつまりどういうことか。県民・崇敬者の心意気を見る心地がする……というのは、勝手な思い込みでしょうか?
全国護国神社巡拝ガイドブック~ご朱印めぐりの旅~
故郷の護國神社と靖國神社―「故郷の護國神社展」の記録 (シリーズ・ふるさと靖國)
ラベル:護国神社
posted by 蘇芳 at 14:38|  L 護国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする