動画概要:
2015/01/02 に公開
祭神:①玉依比売神(たまよりひめのかみ)、古事記=玉依毘売命。
◎大綿津見神(海神)の子で、豊玉毘売命(姉)の妹。「タマ ヨリ」という神名は“神霊の依り代”を意味。タマヨリビメは神
霊の依り代となる女性、すなわち巫女を指す。鵜葦草葦不合命
(ウガヤフキアエズノミコト)との間に、
①五瀬命(いつせのみこと)
②稲泳命(いなひのみこと)
③御毛沼命(みけぬのみこと)
④神倭伊波礼毘古命(かむやまといわれびこのみこと=神武天 皇。)・・・の四皇子を産む。
②息長帯姫(おきながたらひめ)、古事記=息長帯比売命=神 功皇后のこと。
撮影:2014年12月17日(水) Nikon coolpix P520
【よろず調べ事】
この神社は、1924年(大正13年)10月28日に建立された。・・との事。その後、大戦で破壊され、1979年(昭和54年)に、埼玉県の久伊豆神社の宮司:小林茂氏により『彩帆八幡神社』として再建工事され、翌年の昭和55年に完成された・・・との事。
「彩帆」八幡神社の祭神は、サイパン国魂大神、八幡大神、久伊豆大神の三柱。
【注】・・・ここへ赴かれる方は、民家の庭先(私有地)を通るので、勝手に立ち入らずに、必ず住民の方々の許可、承諾を得た上で、
日本人としてマナーを守って行動願いたい。外国では、「KEEP OUT」とか「DO NOT ENTER」とかの場合不法侵入者として射殺されることがよく有るので・・・・・。
【独り語と】
・・・ここの動画を撮っていて、フッと思ったことは、自分独りじゃ何もできないなぁー・・・、氏子も居なければ、町会も無いのナイナイずくしではただ朽ち果てて行くだけかぁー・・・・と。
・・・独り語とだけど、願わくは、この動画を観られました八幡神社の関係者の方々もしくは篤志者の方々に・・・・。
ガラパン地区の砂糖王公園の中の「香取神社」のようにとは申しま
せん。せめて神域として、また依り代として詣でられるような何かを・・・皆さんの力添えがあれば、「玉依比売神」も歓迎されると思うけど・・・。
Kameno's Digital Photo Log:サイパンの八幡神社
神奈川大学非文字資料研究センター:海外神社(跡地)に関するデータベース
戦前は海外各地の日本領に神社がありました。
誤解しないでいただきたいですが、「太平洋戦争」で「侵略」した「植民地」に押し付けたわけではありません。
少なくとも、満州、朝鮮、台湾、南洋諸島など、大東亜戦争のはるか以前から合法的に日本の統治領となり、平和に共存していたのですから、心のよりどころとしての神社が必要になったのはむしろ当然の成り行きです。
日本との友好が深かったハワイ王国などは、その後米国に侵略・併合されますが、日本領になったことはありません。しかし、そのハワイにも戦前からしっかりと神社は存在し、戦時中は米当局に接収されますが、戦後、返還され、現在に至っています。独立国のハワイ王国や、戦勝国の米国に神社が存在するとして、侵略ガー植民地ガーなどと愚かな妄想を垂れ流すバカはいないでしょう。
wiki:日本と一度として戦争をしたことがないくせに恥知らずな歴史捏造・反日にいそしむ愚劣な生物が実在する一方で、日本と正真正銘の激戦をくりひろげた米国が、ハワイの神社を一時接収したとはいえ、戦後は四の五の言わずに返還し、本土にも椿大神社が創建できるほどにフリーダムなのも好対照ですが……
・ハワイ出雲大社
・ハワイ金刀比羅神社・ハワイ太宰府天満宮
それら海外神社(跡地)が戦後どのような扱いを受けているか。
それを知ることは、現地の人々の心根を察するよすがにもなるということかもしれません。
反日テロ国家の汚らわしさは言うまでもありませんが……
他の国々に目を転じてみれば、さて?
数々の神社が支那国民党に破壊され、中には乗っ取られた神社まである台湾では、原住民のひとつ高士族によって、高士神社が復興されたのは記憶に新しいところ。
台湾一之宮 高士神社公式ブログ
産経ニュース:台湾の小さな「靖国」再建 日本人神職、住民の熱望応え 「ここで会おう」誓い出征 11、12日に神事
wiki:高士神社
米国の占領下、捏造プロパガンダを経てもなお、一部地域の公用語として日本語が使われつづけているとも聞くパラオでは、有名なペリリュー神社のほか、南洋神社も独立間もない1997年に復興されたと聞きます。
一般財団法人南洋交流協会:パラオ共和国の神社ペリリューの隣、アンガウル島の神社も「復興」されているのですね。
wiki:
・南洋神社
・ペリリュー神社(要出典・悪意注意)
戦跡の歩き方:アンガウル島北部>アンガウル神社
前ふりが長くなりましたが、動画はサイパン島の八幡神社。
一応「再興」されたらしいので、跡地、といっていいのかどうかわかりませんが、あれ果てたりとはいえ、決して積極的に「破壊」された形跡はなく、外れた扁額や、笠木なども、廃棄されず、その場に「放置」というよりは「安置」されているようにも見えます。上のリンク先によれば、「現地の方々によって草刈がされ、維持管理していただいている」のだとか。
アメリカ国立史跡登録されたという話でもありますので、その影響かと思いきや、登録を受けたのは「2003年」歴史捏造反日国家ならとっくの昔に跡形もなかったでしょう。
また、同じくサイパン島のガラパン地区には香取神社も再興されていたり、
wiki:彩帆香取神社一方で、教会の中に鳥居だけが残っている場所などもあるそうで、
JTB:彩帆香取神社 (Saipan Katori Shrine)
波乱に満ちたサイパンの歴史:香取神社
Kameno's Digital Photo Log:教会の中の鳥居スペインに、ドイツに植民地支配され、パラオと同様、第一次大戦を契機に日本の統治領となり、敗戦と共に米国に制圧されたサイパン。島の経てきた複雑な歴史が偲ばれます。
一部は共に歩んだその歴史を、私たち日本人は、もっとかえりみてもよいのではないでしょうか。
少なくとも、そのほうが、反日勢力の声高な嘘に騙されつづけるより、よほど生産的であるように思いますし……せっかく復興されたはずの八幡社をこの状態のままに放置して、現地の方のお世話になっているというのも、何にやら恥ずかしいことのように思うのです。
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