2017年06月19日

【動画】歴史人物伝~足利の時代  第2回「 佐々木道誉」


チャンネルくららから。


wiki:治天の君

「裏切り者と見せかけて実は高氏の忠臣」
それはそれでロックですかね。
だから人気があるのかもしれません。

民間人(元皇后)が天皇を飛び越えて治天の君に~というと大層ですが。
民間人(元皇后)が天皇になったわけでも何でもありませんし、女性天皇が誕生したわけでもなければ、まして女系天皇が誕生したわけでもありません。
しかも北朝の話です。

確かにそんな人を探しだしてまでして治天の君に据えなければならないというのは日本の歴史としては前代未聞だったかもしれませんが、
皇位継承の歴史においては、(女性天皇が誕生したわけでもなければ、まして女系天皇が誕生したわけでもないのですから)、前例・慣習・伝統が破られているわけではありません。
もしろそれら「皇室」の前例・慣習・伝統を守るために、他の部分の(比較的どうでもいいと言うと語弊があるが融通がきく)前例を打破したのが、この事例ではないでしょうか。

まあ、「治天の君」がナンボのものだったのかにもよりますが……

しかし、天皇を飛び越えて治天の君ガー、というのもずいぶん大げさな物言いで。あたかも天皇よりエライとでも言いたげですが、そのあたりのニュアンスには注意が必要。権威と権力は別なのですし、そもそも天皇の「上」だの「下」だの「右」だの「左」だのに誰がいようと、それら上下左右の「中心」はあくまで天皇なのですから。

第一、治天の君が天皇を「指名」できるとして、その治天の君を「指名」したのは誰なのか?
上には上がいるというのはキリのない話ですし、それが道誉だというなら、道誉こそは治天の君をさえ「飛び越え」た陰の実力者になってしまっているともいえなくはない。
それが大騒ぎするほどのことかといえば、さてどうでしょう?
日本の歴史において、「陰の実力者」など、摂関家の昔から、珍しくもなかったでしょう。
治天の君をさえ「飛び越え」た陰の実力者の存在さえも大した問題ではないというのなら、その陰の実力者のコントロール下にある治天の君に大騒ぎする必要があるのでしょうか?

それら「実力者」が少数の例外を除いて皇位簒奪を企てず「陰」にとどまりつづけたことこそが謎の核心であって……
「上には上がいる」というわかりやすい権力の階梯ではなく、上下左右の「中心」に天皇がおわしますという、権威の象徴性にこそ瞠目すべきではないでしょうか。

結局のところ、皇室の権威を「利用」するためには、まずもって皇室の伝統・権威をこそ護持しなければならない、という……これこそは、摂関家の昔から徳川のジレンマまで終始変わらなかった一貫性であって、道誉の行動もまた、その一貫性の中にとどまっているようにも思えます。
次回登場するらしい義満と道誉の、それが決定的な違いでしょうか。
つまるところ、義満のように本気で皇位簒奪を企てるなど、それこそ、ロックとは似ても似つかない「ダサさ(死語)」の極みなのかもしれません。
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posted by 蘇芳 at 15:58|  L 「足利の時代」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする