2017年06月16日

【動画】新荘護國神社


こちらの追記で書いた通り、全国各地の招魂社は、昭和十四年の内務省令によって「護国神社」として整備されることになりましたが、そのとき、府県社相当の「内務大臣指定護国神社」のほかに、村社相当の「指定外護国神社」も生まれたといいます。
前者については、現在、ほぼすべてが「全国護国神社会」に加盟しているのでしょうし、府県名を冠しているうえ、規模も大きいので、わかりやすいです(紹介書籍も2冊ほどありますし)。
しかしながら、後者については、何しろ、村社相当の小さな神社でしょうから、地元の人でもないとなかなかその存在を知る機会がなさそうかもしれません。
そんななか、たまたまですが、youtubeに山形県新庄市にある護国神社の動画が投稿されているのを見つけました。せっかくなので、視聴しておきたいと思います。




動画概要:
2014/09/06 に公開
青森県弘前市の行政書士大溝コンサルティングです。
いつもご覧いただき、ありがとうございます。

新庄市に護国神社があるとは、知らず。
「新荘」となっていました。
マップを見たら、最上公園とあり、新庄城跡とあり・・・。
戸澤神社 : 新荘護國神社の御由緒
新庄市:新庄城址(最上公園)(市指定史跡)
山形県の町並みと歴史建築:新荘護国神社(新庄城)

山形県には、すでにこちらで見たとおり、山形県護国神社のほかに、鶴岡護国神社も存在していました。
また同じ山形県、というのも、奇遇ですが……現地の説明には「庄内勢に攻められた」とあるようで、こちらの新庄藩・戸澤家というのは、官軍方。
鶴岡護国神社の庄内藩とは敵同士だったようです。
wiki:秋田戦争
一口に「戊辰戦争」といってもいろいろ複雑な歴史があるようです。

鶴岡護国神社も庄内藩主を祀った荘内神社境内に鎮座していましたが、こちらの新荘護國神社も新庄藩主を祀る戸澤神社の境内に鎮座しているようで……何やら対称的です。
戸澤神社:戸澤神社の御由緒
現在のいわゆる「山形県」には、もともと、米沢・新庄・上山・天童・荘内・松山・山形・長瀞の8藩及び幕領・他藩の飛び地が分立していた、との話もあるようですから(参照:山形県の変遷)、旧藩領の意識が長く維持されやすい土地柄でもあったのでしょうか? それらの藩がかつて相互に敵味方であったのなら、なおさらではあるかもしれません。

何にせよ、主君を慕い、戦友の御霊安かれと祈る、その鎮魂のまことに、官軍も賊軍もないのでしょう。

まして、その後は、すべての護国神社が、護国の英霊を合祀ししつづけているのですから、なおさらです。
上の動画にも大東亜戦争戦没者の慰霊碑が映っていましたが……もうその時代には、出身地がどこであれ、その御霊たちはすべて、私たち日本の護国の英霊でしょう。
庄内も新庄も、他府県からの訪問者も……参拝の機会があれば、心静かに手を合わせてください。というところ。

まあ、とりあえず仲良く、ということでw
山形県:山形県民の歌
広き野を流れゆけども最上川うみに入るまでにごらざりけり(昭和天皇御製)
全国護国神社巡拝ガイドブック~ご朱印めぐりの旅~
故郷の護國神社と靖國神社―「故郷の護國神社展」の記録 (シリーズ・ふるさと靖國)
山形県の歴史散歩
山形県の歴史 (県史)
あなたの知らない山形県の歴史 (歴史新書)
ラベル:護国神社
posted by 蘇芳 at 21:21|  L 護国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする