2017年06月07日

やまとごころと人問えど…


戦後反日教育のおかげでお寺と神社の区別もつかない日本人が増えたという話はありますが。
それが事実なら、まして国学儒学水戸学などの区別などなおさらつくはずもなく。
反日教科書や反日メディアに何となくすりこまれている思い込みのひとつに、国学が出現して、尊皇思想が盛り上がって、明治維新が起きた、などという図式があるような気もしますが、論理的に考えるとかなりいかがわしい決めつけのような気がしなくもありません。

こちらをはじめ時々発作的に書き散らしてきたように、仏教を排除して儒教と神道を直結する、垂加神道をはじめとする儒家神道であれば、それが過激化し、幕末テロリズムの根拠となる文脈もわかりやすいですが。
国に悪い者あれば、それを退治するがはらいぞ。あしき一揆、盗賊、およそ天下国家の害をなすことをば皆治めはらうがはらいぞ。
「神代巻講義」(菅野覚明「神道の逆襲」から孫引き)
しかし、こうした大上段な道理をふりかざす支那かぶれの儒者の「からごころ」をこそ批判したのが国学だったはず。
それが儒学同様、あるいはそれ以上に、幕末維新の原動力になったというのは、本当でしょうか?

私も詳しくは知りませんし、著者が与太を飛ばしている可能性も否定しませんが、菅野覚明「神道の逆襲」などから受ける印象では、口先だけはご立派だが実際にはまともに国民を幸福にしたためしがない無道・覇道の支那の空「理」空論ではなく、難しい理屈をいわずとも支那朝鮮以上に立派に道義的に文化的に国を治めてきた、日本のこころ≒「情」にこそ重きを置いて、それを古事記・万葉集・古今集・源氏物語などなど、文学作品から抽出しようとした、政治哲学よりは文学論、日本人論に近いのが国学というところ。
賀茂真淵、本居宣長、そして柳田国男にまで至る地味な日本文化の探究。
それがそんなにも大きな政治的影響力を直接に発揮しうるものでしょうか。
もちろん、「目に見えない影響」などと言いだせば何でもありになってしまいますが……

そもそも、政治的影響力だけが、思想や文学や文化の価値というわけでもないでしょう。
本居宣長の著書は今でも多くの人に読まれつづけていますが、山崎闇斎の名前などよほどの好事家か研究者でもなければ知りもしない。その事実が、国学と儒家神道の差異を端的に表しているようにも思います。

つまるところ、本来的には政治思想化しにくい、むしろすべきでない「学問」が国学であり(儒学は「儒教」でもありえましたが、国学を「国教」などという呼び方はありません)……にもかかわらず、それが政治思想化していったのだとすれば、国学そのものの本質というよりは、むしろ「学」からの逸脱ではなかったのか?
疑えば疑うこともできるような気がしなくもありません。
とすれば、国学において、胡散臭いキーパーソンがもしいるとすれば、復古神道を生みだした平田篤胤でしょうか……

平田篤胤については著書一つ読んだことがあるでなし、現時点であれこれ論じることもできませんが……
何だかまたずいぶんと屁「理」屈めいた「教義」を生みだしたようですし、現代にも蠢動する神道系カルトの多くがここから派生したものとも聞かないではありません。また、そうしたカルトはたいていの場合、他の神道の「教義」もつまみ食いしてごちゃ混ぜにしていくもののようですが……
からごころの儒家神道と自称やまとごころの復古神道の両方に色目を使って政治的な世直しを叫ぶ輩も、(名指しは避けますが)、現代オカルト業界には、いないこともないように見えなくもありません。

自称愛国者がしばしば陥るかもしれない二重基準については、こちらなどでも少し吼えてみたことがありますが……
維新維新と唱えていれば無知蒙昧な愚民をいかようにでも扇動できるというのなら滑稽です。
私たち「愚民」の側も、多少は、騙されない努力をすべきでしょうし、そのためには、主観的にゆがめられている可能性も否定できない誰かの「解説」に頼るのではなく、個々の思想家自身の書いた原典に自分の力で当たってみる必要があるのかもしれません。

まあ、私ごときが何を吼えても頭の体操未満の妄想程度のものでしょうが……
それでも「大人(と書いて「うし」と読むらしい)」様の教義を鵜呑みにするだけでなく、自ら原典に当たって、自分のアタマで考え続けることを諦めるわけにもいかないようで。

儒家神道VS復古神道、からごころVsやまとごころの単純な二項対立に自尊心を託すのも良いですが……
その両者から排斥された仏教についても、こちらで考察したような「転向」の可能性があり、だとすれば、そこから、江戸期の思想の偏狭性のほうをかえって批判できるかもしれない。そんな気もしている今日この頃です。

日本に日本古来の「祭り」の様態があったことは事実にせよ、神仏習合に対して、神道が自律的な「教義」「神学」を獲得しようとするたびに、渡会神道の昔から、吉田神道、儒家神道、現代カルトにいたるまで、かえって、息苦しい袋小路に迷い込みつづけてきたようにも思えなくはありませんからねぇ……
吾れ嘗て称す、王業衰へて神道興ると。何となれば即ち、これ祖宗の事なればなり。王政の盛時に当り、誰れか敢てこれを口舌に騰げ、以て私説を樹てんや。
頼山陽「日本政紀
ラベル:仏教 儒教 神道 国学
posted by 蘇芳 at 15:34| 江戸時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする