2017年05月11日

【動画】宮城県護国神社


少し重たいかもしれませんが、政宗公の御遺徳か、これまでになく動画がにぎやかだったので、少し多めに。














動画概要:
1)2015/10/09 に公開
収録日: 2015年10月2日
仙台市青葉山にある「宮城県護国神社」外観を撮影しました。

2)2013/08/05 に公開
仙台を拠点に活動する「GEOPAT Labo 」が配信する地域情報コンテンツ。
http://geopatlabo.blog.fc2.com/

3)2015/04/22 に公開
ご視聴ありがとうございます。
平成27年4月19日宮城縣護國神社大祭奉納行事
三々九手挟式の模様です。
弓馬術礼法小笠原教場

4)2016/09/18 に公開
平成28年9月17日 宮城縣護國神社で行った英霊に捧げる観月雅楽演奏会でのみたま慰の舞と浦安の舞です。
https://www.facebook.com/wfoxhashimoto/?pnref=lhc

5)2015/02/03 に公開
http://toriaezu98.seesaa.net/article/413463292.html?1422975255
http://toriaezu98.seesaa.net/
宮城縣護國神社
wiki:宮城縣護國神社

英霊の慰霊顕彰が大切なのは言うまでもありませんし、それもしっかりやっているのでしょうが。
堅苦しいばかりが神社でもなし。
絵馬もおみくじもたくさんかかっているようですし、福娘イベントなど商店街込みで盛り上がっているようで、地元に親しまれている様子が伝わってきます。

宮城県護国神社は伊達政宗によって築城された仙台城(青葉城)の本丸跡に鎮座しているとか。
創建は日露戦争勃発の明治三十七年。
県内の遺族や退役軍人の集まり「昭忠会」によって、陸軍第二師団管轄下の戦没者のため、招魂社として創祀されたのが始まりのようです。
現在の御祭神は、宮城県出身戦歿者をはじめ、元第二師団管区(福島、新潟、山形の一部)の戦歿者、五万六千余柱。

昭和14年、例によってこちらの追記で述べた内務省令によって、内務大臣指定護國神社となったそうですが。。。

昭和20年7月、仙台大空襲の戦火により社殿施設は全焼。御神体は一時秋保神社の仮宮に遷座されていたといいます。
秋保神社
その後、昭和28年の伊勢神宮式年遷宮に際し、別宮「風宮」の旧社殿が下げ渡され、屋根を銅板に葺き替えたうえで本殿として移築造営、昭和33年に現在の姿に復興したといいます。

占領期にGHQの圧迫によって改称を余儀なくされたのは護国神社全般に共通した事情ですが、ちょうどその時期に、名前どころか本殿そのものをも失っていたことになるわけで……苦難の歴史が偲ばれます。

しかしまた、その苦難を乗り越え、今なお、かくも盛大に地元民から愛され、祀られている護国神社の存在は、何とも頼もしく、心強く……他府県民の私から見てもほほえましく感じられます。

創建が日露戦争当時ということで、国が割れた幕末維新とのかかわりも薄いようですし……
仙台城本丸跡地という立地から、伊達政宗公という郷土の偉人との結びつきも強そう。
そんなこんなの事情が、いくつかの動画から感じられるような、屈託のない崇敬につながってでもいるのでしょうか?
全国護国神社巡拝ガイドブック~ご朱印めぐりの旅~
故郷の護國神社と靖國神社―「故郷の護國神社展」の記録 (シリーズ・ふるさと靖國)
ラベル:護国神社
posted by 蘇芳 at 14:35|  L 護国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする