2017年05月05日

【動画】「反社会的カルト宗教の勧誘の手口」葬儀・葬式ch


日本のこころを探すのも結構だが、凝り固まっておカルトにはまらないように気を付けねばとも思う今日この頃。自戒を込めて。


動画概要:
2017/03/07 に公開
補足:「カルト」という言葉は、本来は宗教儀式的なことに用いられていた言葉で、決して「危険な集団」という意味を持つ言葉ではありません。儀式、儀礼を指す言葉でですが、その中でも反社会的な集団を破壊的カルトと呼びます。信仰の自由は日本国民すべてに保障された権利です。動画中の「カルト」は「反社会的カルト宗教」を指しております。平和的な比較的あたらしい信仰集団を批判したものではありません。悪しからずご了承ください。

佐藤葬祭 HP http://satousousai.com/
「日本乗っ取り」も、「日本再生」も、「現世利益」には違いない。
ニーチェの深淵にはくれぐれも要注意ということか。
新興宗教を斬る ~政治と宗教の闇~:カルト宗教の定義、有害宗教の見分け方、無料カルト診断
NAVERまとめ:スピリチュアル詐欺&カルト被害(110番)
余命三年時事日記考:68. カルトの見分け方

一神教や仏教よりははるかにマシであってほしいものだが、神道が政治から無縁でいられたわけでは決してない。

こちらをはじめ縷々考えてきたように「日本書紀」には尊皇敬神の思想書のような面がありそうに思うが、その編纂の背景にあったのはこちらでみたような軍事的危機。
ちなみに当時の唐の武則天というのは仏教マニアだったという話を小耳にはさんだことがある。
wiki:武則天≫即位後
帝室を老子の末裔と称し「道先仏後」だった唐王朝と異なり、武則天は仏教を重んじ朝廷での席次を「仏先道後」に改めた。諸寺の造営、寄進を盛んに行った他、自らを弥勒菩薩の生まれ変わりと称し、このことを記したとする『大雲経』を創り、これを納める「大雲経寺」を全国の各州に造らせた。
壬申の乱の当時、仏教は敵国の信仰でもあった。とすれば、書紀の記述において近江方が仏教派、吉野方が神道派のような色分けがひそかに行われていることにも不思議はない。
蘇我氏にせよ壬申の乱にせよ、この時代の敵・味方の色分けは、シンプルでわかりやすい。
(わかりやすいということは、つまり、ワンフレーズポリシーに便利。当然、弊害もありうる)

続日本紀」の時代にもそのシンプルな図式は基本的には継続し、道鏡≒仏教勢力が馬脚を現した展開はやはりわかりやすいとは言える。
しかし、その道鏡事件にかかわっていた習宜阿曾麻呂は、僧侶ではない、まぎれもなく神職であるし、そもそもこちらで見たように八幡神は大仏と縁が深い。
大嘗祭に仏教僧が参列し、伊勢にさえ神宮寺が建てられた時代。南都仏教の腐敗堕落に、神道も無関係ではいられなかった。そのことは覚えておく必要がある。

その後は仕切り直して平安時代だが、国家鎮護の仏教として政治勢力化していった密教は、同時に、神仏習合を唱えた山王神道・両部神道の母体でもあり、長らく下位におかれて目立たなかったというだけで、山法師どもの狼藉に、神道も無関係だとほっかむりばかりはしていられないのかもしれない。

また、こちらで見たように、初期の神仏習合思想というのは仏教上位の構図だが、それでは面白くないという神職はどんな時代にも必ず一定数は現れる。仏教に対抗して神道の独自性を主張しようとする思想的営為はしばしば行われるが、そうした「対抗」意識は、信仰にとって、大きな陥穽にもなりうるだろう。
怪物と戦う者は自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない。深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ
「敵」と戦う者は「敵」に似てくる。
実際、こちらこちらで見たように、渡会神道などは、伊勢神宮の内ゲバや唯一神への接近など、独善・ドグマへと傾斜しかねない徴候を、わずかながら示しているようにも思えなくはない。

やがて、神仏習合思想の大逆転をもたらしたのは、こちらこちらで見た吉田神道だが……
これが伊勢神道(≒渡会神道)とは不倶戴天の敵。
しかも足利から織田、豊臣、徳川と時の権力者に次々に取り入っていくのだから、政治と無関係どころではない。
やがて尊皇思想が討幕運動のバックボーンとして注目されていったとき、「体制派」の吉田神道が、攻撃対象となっていったことは、 政 治 的 に自然な成り行きだったに違いない。
別の言い方をするなら、このとき、吉田神道に反旗を翻したさまざまな新興の儒家神道は、討幕≒体制転覆を目指す、暗殺やテロやクーデターや、それをめぐる内ゲバに、直接間接に大きく関係していたのではないか、ということでもある。
仏教伝来以前の古事記を尊び、神武肇国の昔に帰れと叫び、日本書紀のシンプルな敵味方の構図に回帰しようとする営為は、時代を大きく変えていったが……その変え方は必ずしも「平和的」でも「合法的」でもなかった。勝てば官軍。

こちらなどで書いたように、明治維新を否定するつもりはさらさらないが、しかし一面、幕末の志士というのがある種の「過激派」のようなもので、そのバックボーンとなった思想も玉石混淆だったことは忘れない方がよいとは思う。
明治政府は神仏分離政策をとろうとしたものの、あっというまに神職たちのあさましい内ゲバが巻き起こり、政府サイドがドン引きした形跡もあるようだが……
「祭政一致は宮中の皇室祭祀で十分であり、神社祭祀との関連を必要としない」(森有礼)
「祖宗の神霊、皇室の先祖神と、他の一般の神社の祭神との間にはっきりとした一線を引き、決して混同してはならない」(伊藤博文)
「富国強兵が国家の至上課題。神社に対しては官祭における幣帛共進で充分であり、国家が抱え込む必要はない」(山縣有朋)
維新の思想的背景にあった尊攘思想や儒家神道が、ドサクサ紛れに国家転覆をたくらんだ、反社会的カルトや山師のような性格を併せ持っていたのだとしたら、それも不思議ではないような気はする。

現代はどうか?

頼山陽は「日本政記」に、
吾れ嘗て称す、王業衰へて神道興ると。何となれば即ち、これ祖宗の事なればなり。王政の盛時に当り、誰れか敢てこれを口舌に騰げ、以て私説を樹てんや。
と書いたが……
現代もまた、WGI洗脳政策以来、延々と「王業」の「衰へ」が仕組まれつづけて70年、という時代。戦後レジーム脱却だの日本を取り戻すなど、ようやく声高に叫べるようになったこと自体は喜ばしいとしても。その声の中に、おかしな不協和音が混じっていないと言いきれるだろうか?

最近は、パワースポットだスピリチュアルだと、ヘンなものが流行ったりもしているようで……
その中の一部には「神道」を名乗る系統もまちがいなく存在する。
ホツマだカタカムナだヒツキシンジだとわかりやすい電波は回避しやすいのでまだしも「安全」かもしれないが、中には巧妙な一派もありうるだろう。
「王業」の「衰へ」に乗じて甘い汁を吸おうとする神道系カルトや愛国詐欺というものも、実在しないとは言いきれないのかもしれない。
新興宗教を斬る ~政治と宗教の闇~:カルト宗教の定義、有害宗教の見分け方、無料カルト診断
NAVERまとめ:スピリチュアル詐欺&カルト被害(110番)
余命三年時事日記考:68. カルトの見分け方
ラベル:神道 仏教 儒教
posted by 蘇芳 at 15:49| 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする