2017年05月01日

【動画】高千穂神社 Takachiho Jinja



高千穂町観光協会:高千穂神社
wiki:高千穂神社

鬼八伝説についてはこちらで話の「ついで」程度に言及したこともありますが……
御毛沼命(三毛入野命)もしっかりお祀りされているのですね。

そうして祀られる側である御毛沼命(三毛入野命)は、同時に、日向三代の神を祀る側でもあるわけで。

神を「祀る者」が同時に神として「祀られる者」でもある。
日本の祭祀のなかには、しばしば、こうした入れ子のような構造が見えてくるように思います。

弟君の神武天皇様も、大和で何度も祭祀を行っておいでですし、もちろん、神武天皇様ご自身もまた宮崎神宮や樫原神宮の御祭神でもあり……

そういえば、神道の中心的な神である天照大神様からして、「祀る者」であると同時に「祀られる者」でもあったのではないか、という話はあるようです。

有名な天岩戸のくだりですが、「古事記」には、
天照大御神忌服屋に坐して、神御衣織らしめたまひし時
という一節があります。
「忌」というのは今では悪い意味でしかほとんど使われませんが、元は「神聖」という意味(伊勢神宮で「忌火」といえば神饌の調理等につかう神聖な火のことです)。
したがって「忌服屋」も神聖な機を織る場所。
「神御衣」は神様に奉る神聖な装束。
高天原では、天照大神ご自身が音頭をとって、機織女たちに、神様に奉る神聖な装束を織らせていたことになりますが……
この「神」というのは、天照大神ご自身なのでしょうか? それとも、天照大神がお祀りされる何かもっと別の神様でしょうか?

前者だとすれば、単に使用人に自分の服を作らせていたというだけの世俗的なイメージになってしまいかねませんが……
後者であるとすれば、天照大神には、〝祀られる”神というだけでなく、神を〝祀る”巫女的・神官的なイメージが付随してきます。

伊勢神宮では、現在でも、「神服織機殿神社」「神麻続機殿神社」で「神御衣」を織っているそうです。
伊勢神宮:神様の衣「神御衣」
高天原の忌服屋の描写は、まさにこの神御衣祭の原型さながらであり、だとすれば、ここでの天照大神は、祀られる神というより、祭祀を司る神職の位置においでになることになりはしないでしょうか。

日本においては、一般的に「最高神」と見なされる天照大神でさえ、別の神を祭祀なさっている。
では、その天照大神によって祀られている神こそが、天照大神よりエライ、本当の「最高神」ではないのか?といえば……(渡会神道によるこちらでみたような試みはありましたが)、どうもそんな観念が一般化することはなかったらしく。
むしろ、天照大神は、最高位の「祀る者」であるからこそ、最高位の神である、とさえ観念されているような気もしてきます。

「祀る者」が「祀られる者」であり、「祀られる者」が「祀る者」であり……

おそらく、このような構造は、神と人との間に絶対的な差異を設定する一神教・創唱宗教では、なかなかに、ありえないことかもしれません。
何となれば、神が「唯一」絶対なら、その神が祭祀すべき他の神など存在するはずもないのですから。
(もっとも、事実上多神教化したキリスト教には、セイントへの信仰があり、私たちの目にはそれは、敬虔な信者(祀る者)が「神(祀られる者)」になったということのように見えるのですが、教会の神学は決してそれを認めはしないのでしょう。だからこそ正当化のための屁理屈が膨大になるのかもしれません)
ラベル:日向 古事記 神道
posted by 蘇芳 at 20:22| 神道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする