2017年03月31日

【動画】海幸・山幸~宮崎の神話~


こちらこちらのつづきというか同じシリーズ。



えらくまた中途半端なところで終わっていますが……
一連の流れで覚えてしまっていますが、あらためて語りなおすとすると意外と長いお話なのですかね?
とりあえず、その後の展開はこちら↓などで補完?しておきましょうか。
ひむか神話街道:
アニメーション 海幸山幸
19海幸彦と山幸彦
20山幸彦とトヨタマヒメ
21塩満珠と塩乾珠
22弟に服従する海幸彦
23ウガヤフキアエズの誕生
こぼれ話 孤独な最後海幸彦のその後
神話だけに細部をつつくとキリがありませんが、まあ、大雑把に。

ひむか神話街道では、海幸彦は「隼人族の祖となった」とされていますが、「古事記」には、
「僕は今より以後、汝命の昼夜の守護人となりて仕え奉らむ」とまをしき。かれ、今に至るまで、その溺れし時の種々の態、絶えず仕え奉るなり。
とあり、必ずしも「隼人」と明記されてはいません(間接的に「書いてあるようなもの」なのかもしれませんが)。
海幸彦を「隼人」の祖と明記しているのは「日本書紀」のほうで、「隼人」のほか「吾田君小橋」など具体的な氏族名も見られるようです。
つまるところ阿多隼人(薩摩隼人)の遠祖ということで……幕末の尊皇攘夷の伏線は、あるいはここまで遡ることもできるのかもしれません。
世界最古の統一王朝≒歴史の断絶がないというのは、かくもすごいことのようです。

こちらで南九州の隼人族はインドネシア系だったとする見解があるらしいと書きましたが……
もしもそれが事実とすれば、そのインドネシア系氏族の祖が神武天皇の祖父の兄というのもなかなかすごいつながり方です。
まあ、氏族のルーツを貴種に結びつけること自体、よくあることといえばよくあることでしょうが。
山幸・海幸を、本当の意味で兄弟(皇室の遠祖自体が南方から渡海してきた)と見るか、本来は異民族で「海の民(隼人)」が「山の民(皇室の遠祖)」に服属したと見るか、それも平和的な婚姻の相(山幸・豊玉姫)において見るか、若干の争闘(山幸・海幸)の痕跡を見るか、解釈の仕方はさまざまにありそうです。

また、こちらで、日向神話には海の気配が濃厚である一方で、農耕の気配が希薄だと書きましたが……
「古事記」において、日向三代の物語に「田」が登場する数少ない(唯一?)の場面は、綿津見大神が、山幸彦に呪文を教えるくだりです。
然してその兄高田を作らば、汝命は下田を営りたまへ。その兄下田を作らば、汝命は高田を営りたまへ。吾水を掌れる故に、三年の間必ずその兄貧窮しくあらむ。
ここでは兄の貧窮の理由が、それまで生業とされていた漁業ではなく農耕に起因することにされていますし、海神≒水神と農業との関連がその理由づけをさらに補強しています。
山幸海幸と言いながら、明記されていなかっただけで、実は二人とも、半農半漁(猟)の生活を送っていたのでしょうか?
あるいはそうなのかもしれません。
しかし、一方の「日本書紀」には、その呪いで兄が貧しくなる理由が明記されていない一書も多く、また、中には山幸彦が風を操って兄の「漁」を妨害するという、農耕とは無関係な理由づけになっている一書などもあるようです。

水田稲作は語るまでもない当たり前のことで、あえて海の民の神話を強調したのか……
「古事記」のバージョンは、海の民の伝承に、後から、農耕民族の感覚が継ぎ足されたものなのか……

日向神話が、「天」と「山」と「海」との婚姻によって神武天皇≒「日本」が誕生する物語であるとは、一読して見やすい事情ですが。
そうしたさまざまな異なる民族・文化・伝統の、混淆・融合・和合は、単に物語の筋のレベルだけでなく、それを構成する「話素」のレベルにも、反映されているのかもしれません。
古事記 (上) 全訳注 (講談社学術文庫 207)
現代語古事記: 決定版
日本書紀(上)全現代語訳 (講談社学術文庫)
宮崎の神話伝承―その舞台55ガイド (みやざき文庫 44)
ラベル:日向 古事記
posted by 蘇芳 at 15:11|  L 「古事記」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする