2017年03月27日

【動画】天つ神と国つ神の婚姻~宮崎の神話~


前回の続き。



木花咲耶姫といえば、日本一の霊峰に鎮座する、富士山本宮浅間大社の御祭神としても有名。
九州にも阿蘇山をはじめいくつもの山々、特に火山がありますが、木花咲耶姫の出産の物語に「火」が登場するのも、そのあたりと何か関係があるのでしょうか。

何にせよ、大山祇神の娘とされる姫との結婚は、つまり「天」と「山(地)」との融合でしょう。
後段では「海」の気配が濃厚になる日向神話ですが、その前にはまず「山」についても語られているのですし、それは、やがてお生まれになる神武天皇に一天万乗の君としての資格を付与するための布石でもあるのかもしれません。
また、こちらでチラッと言及したようにそこで語られるもう一つの物語が「バナナ型説話」であることには、瓊瓊杵尊の選択の意味それ自体はもちろん、南方・南洋との縁という意味でも注目しておきたいところかもしれません。

なお、天孫降臨の伝承地が二カ所(高千穂町・高原町)あるのは有名ですが、木花咲耶姫の出産場所の伝承地も、動画の宮崎市木花と、もう一カ所西都市妻町の二カ所があるそうです。
どちらがホンモノ、などというのは不毛な争い。
それぞれの伝承地に、伝承のもとになるような何かがあり、伝承を伝えてきた「こころ」があり、ということ自体が、何より大切でしょう。

前者の木花には木花神社があることは動画の通りですが、妻町のほうにも、木花咲耶姫を祭神とする都万神社があり、古くは「続日本後紀」承和四年八月一日の条にすでに「子湯郡妻神」として記載されているのだとか。また、延喜式神名帳にも「都萬神社」の名があるとか(いわゆる式内社?)。
都万神社のほうもわりと社格は高いようで、西都市ですから、あるいは、西都原古墳群との関連も~などという想像も膨らむかもしれません。
(もちろん、ヒミコガーなどという、反日勢力御用達の妄想は願い下げですが)

上の動画にもう一つツッコンでおくとすると、この時にお生まれになった御子は、二人ではなく三人です。
ホデリ、ホヲリの間に、次男・ホスセリノミコトがお生まれになったことが記紀には記されています。
その後の活躍が記されていないので、影が薄い皇子様には違いありませんが、だからといって無かったことにするわけにもいきません。

ちなみに、こちらで見た三貴子にしても、天照大神と素戔嗚尊はそれぞれ大活躍されますが、月読命には記紀に大した記述がありません。
三柱のうち一柱の伝承が欠落しているということは、日本に限らず、神話・伝説の類にはしばしばあることのようで、それでも、三柱がセットであること自体に、なお、意味はあるのでしょう。
こちらで言及したワタツミの神も元は三柱ですし、住吉の神も、宗像の女神も、三柱です。三大神勅・三種の神器は言うに及ばず、キリスト教なら三位一体、仏教でさえ三宝など、「三」という数字には、日本にかぎらず、現代の安物の合理主義からは計り知れない、何か大きな意味があるのかもしれません。
(あまりやりすぎてもコジツケめくかもしれませんが、そもそも日向「三」代でもありますし、語られているのも「天」「地」「海」という三要素の婚姻譚)

そもそも、ホスセリノミコトにかぎらず、日向神話には、実は「語られない部分」が非常に多くあるようにも思います。
天孫瓊瓊杵尊自体、この出産の後にはどこでどうされていたのかよくわかりませんし、神武天皇の御父君であらせられる鵜草葺不合命などはなおさら事績らしい事績の記述がありません。

また、こちらで、日向神話に色濃く漂う南の「海」の気配に言及しましたが……
裏を返せば、日向神話には農耕の気配があまりにも希薄であるようにも思えます。

瓊瓊杵尊の「ニニギ」とは、稲穂がニギニギしく実っている様を表している、とか、ホデリ・ホスセリ・ホヲリという「ホ」とは稲「穂」のことである、などという解釈を読んだことがある人も多いでしょう。
日向国風土記逸文には、高千穂に降臨されたとき、周囲が闇に覆われていたが、瓊瓊杵尊が稲を撒かれたところ、光が生まれた、などという伝承もあるようです。
皇室と稲作とが切っても切れない関係であることは、今さら言うまでもありませんが……
【動画】「日本のこころ」 稲穂 (いなほ)
しかし、そうして斎庭の稲穂とともに天降られた瓊瓊杵尊に、せっかく「ホ」の名を持つ皇子様方がお生まれになったというのに、その皇子様方の生業といえば、(上の動画ですでにお二人の別名が登場していましたが)、兄は海で魚を捕り、弟は山で狩をするというのですから……お米はいったい誰が作っていたのかと、思わずツッコみたくなってしまいます。
(それこそホスセリノミコトの出番、でしょうか? しかし、その生業についての記述はありません)

それは要するに日向神話全体の目的が、あくまで神武天皇の「系譜」を物語ることであって、それ以外の事象は切り捨てている、ということなのかもしれませんが……臣民としては物足りないものも感じなくもありません。
稲自体、元は熱帯性の植物だと聞きます。つまるところそれは「南」の海の島々というロケーションとも矛盾するものではないでしょうに……と思わず言いたくなるのは、現代人のさかしらでしょうか?
現代語古事記: 決定版
宮崎の神話伝承―その舞台55ガイド (みやざき文庫 44)
ひむか神話伝説
神話がいざなう みやざき神社めぐり
ラベル:日向 古事記 神道
posted by 蘇芳 at 16:19|  L 「古事記」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする