2017年03月15日

【動画】【井上和彦が斬る!#67】天皇皇后両陛下ベトナムご訪問~知られざる日越交流秘話[桜H29/3/14]


チャンネル桜から。


動画概要:
2017/03/14 に公開
日本人の誇りを胸に自衛隊を応援し、国防の真実を伝えるために、ひたすら奮闘し続けてきた井上和彦が、さらに縦横無尽かつ大胆に、安全保障を理解するためのポイントを解き明かしていきます!
今回は、井上和彦が独自の視点や取材を元に、我が国の国防のあり方や、日本人が知るべき歴史の真実について解説する「安全保障講座」をお送りします。

キャスター:井上和彦・色希
テーマ:[安全保障講座] 天皇皇后両陛下ベトナムご訪問~知られざる日越交流秘話
宮内庁:
平成29年2月28日(火)ベトナムご訪問(タイお立ち寄り)ご出発に当たっての天皇陛下のおことば(東京国際空港)
平成29年3月1日(水)ベトナム国家主席夫妻主催晩餐会における天皇陛下のご答辞(国家主席府)

ベトナムについては当ブログの最初期のこちらで触れたように、チャンネル桜的な単細胞自慢史観にとってはわりとパンドラの箱かもしれません。
上の動画も、桜にしては頑張ったほうかもしれませんが、シンプルなアジア主義の自慢をあてはめやすいファンボイチャウについて力説する一方、大東亜戦争については「複雑」の一言で片づけ、そうした複雑さを「さておいて」、個々人の苦難へと収斂させて行く構成は、ずいぶんと歯切れの悪いものに見えなくもありません。

仏印進駐への言及はありましたが、そもそも、スターリンが世界侵略を目論んでいる時代に、ゾルゲグループの思惑通り北をがら空きにして南進した当時の日本は何のつもりか。
そうして進駐しながら、ヴィシー政権との上辺の友好に油断して、「植民地解放」に手を付けないばかりか、援蒋ルートの遮断にも失敗しているのは何の冗談か。
日本が仏印の「植民地解放」に踏み切るのは大東亜会議以降ですが、時すでに遅く、日本の敗色は濃厚でしたし、その遅疑逡巡が仏印における共産党の浸透を助長した面もあったのではないか。

大東亜戦争の歴史を語るなら、こうした共産主義の問題から目を背けるわけにはいかないでしょう。

同じ旧フランス領といえば、ラオスもカンボジアもそうですが、やはり共に共産圏。
ベトナム同様、ラオスも親日で有名とは聞きますが、王国が滅んだことは事実ですし、残るカンボジアといえばこれはもう何はさておいても有名なのはポルポトの大虐殺でしょう。
それらもまた、「植民地解放」や「アジア独立」と同様、大東亜戦争(≒日本の南進)なくしてはありえなかった帰結のひとつに違いないのではないでしょうか。

そして、フランス相手のはずの独立運動は、やがて米ソの代理戦争へと発展し、日本は国家としては米側に属していた一方、日米両国とも反戦平和運動という名の利敵工作に内側から動揺させられていたことも、忘れるべきではないでしょう。

今回の行幸啓を期にヴェトナムの歴史に光が当たるのは良いことだ、と、ありましたが。
その「光」をどこまで届かせることができるかは、私たち次第というところかもしれません。
大東亞戦争は昭和50年4月30日に終結した
「安南王国」の夢―ベトナム独立を支援した日本人
日越ドンズーの華―ヴェトナム独立秘史 潘佩珠(ファンボイチョウ)の東遊(ドンズー)(=日本に学べ)運動と浅羽佐喜太郎
日本をめざしたベトナムの英雄と皇子: ファン・ボイ・チャウとクオン・デ (15歳からの「伝記で知るアジアの近現代史」シリーズ)
帰還せず 残留日本兵六〇年目の証言 (小学館文庫)
サイゴンの火焔樹―もうひとつのベトナム戦争

追記:
残留日本兵が「軍の近代化」に果たした功績については、ベトナムだけでなく、およそ日本兵が残留したほとんどあらゆる国で起きたことでしょう。「大東亞戦争は昭和50年4月30日に終結した」によれば、その中には「中華人民共和国」も含まれているそうです。
戦時中の本来の支那はあくまで「中華民国」であって、米英の支援を受けたのもこちら。「中華人民共和国」などは存在すらしていません。その共産支那が国を乗っ取るためには……という話。
もちろん、日本兵残留の事情も、「協力」の事情も、ベトナムやインドネシアなどとは大きく異なりますが、日本兵の「功績」なくして支那共産党の現在がなかったこともまた事実というべきかもしれません。
敵国空軍の創設・教導というのもまたずいぶんと皮肉な残留日本兵の「功績」ですが……
しかして、そうして同じく日本に恩義を受けた共産国でありながら、ベトナムの「親日」と、共産支那のあさましくも汚らわしい恥知らずな捏造の「反日」のありさまを、同列に扱うことなどできるはずもありません。
共産主義がどうこうとは別に、それぞれの国民性・民族性・文化・伝統の決定的な相違をも、公平に判断する必要があるようには思います。
動画冒頭で言われていたように、ベトナムが「明るい」とすれば、それは共産主義ではなくベトナム自身の文化・伝統・民族性の賜物でしょう。そして支那の邪悪さも、また……
posted by 蘇芳 at 14:57| 皇室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする