2017年03月05日

【動画】青森県護国神社






動画概要:
1)2012/10/09 に公開
青森県の戦没者を祀っている神社の紹介動画です。
英霊が命がけで遺してくれた日本という国を、今度は私たちが守り、盛り立てていきましょう。

2)2014/04/19 に公開
wiki:青森県護国神社
弘前公園:護国神社

明治2年六月。弘前藩主津軽承昭が、城下・宇和野(現りんご公園?)に、函館戦争など戊辰の役で戦死した藩士六十七柱の慰霊祭を行ったのが始まり。
翌明治3年には寺ノ沢に招魂堂を建て、羽州庄内、奥州南部、松前函館の役で戦死した弘前藩士のほか、肥後熊本細川藩からの応援兵、上州灘鬼ヶ崎の海歿者、などの諸霊を合祀。
明治21年十二月、上白銀町に移転、
明治32年五月、弘前城本丸で慰霊祭を執行、
明治43年一月、弘前公園内(現在地)に移築、「弘前招魂社」を称し、
昭和11年八月、「青森県招魂社」と改称、
昭和14年、例の内務省令(※追記参照)によって「青森県護国神社」となり、
昭和15年には、皇紀2600年を記念して、社殿・社務所を新築、社頭整備事業を行って、現在に至る、とのことです。

護国神社はGHQの目の敵にされ、占領下では改称を余儀なくされましたが、青森県護国神社がその期間をどう乗り越えたのかは、「全国護国神社巡拝ガイドブック~ご朱印めぐりの旅~」にも、「故郷の護國神社と靖國神社―「故郷の護國神社展」の記録 (シリーズ・ふるさと靖國)」にも記載がなく、神社の公式サイトなども見つからず、詳細は不明でした。
いずれ、他の護国神社と同様な苦難と、崇敬者の支援があったものとは思いますが……

なお、英霊と桜は切っても切れませんが、わけても青森県護国神社の鎮座する弘前公園は、上の動画にもテロップされていたとおり、櫻の名所として、ことのほか有名です。


お花見を楽しむのに何も肩肘をはる必要もありませんが。
今、私たちがそうして平和に長閑にお花見を楽しめるのも、英霊のおかげである、と、思えたなら……
行楽の「ついで」でもかまいません。地元の護国神社に詣でて、英霊に手を合わせてみてもよいのではないでしょうか。

青森県護国神社の御祭神は、青森県出身の神霊・二九一七一柱。
昭和38年五月二十一日、昭和天皇・香淳皇后両陛下御親拝、
昭和41年八月一日、皇太子同妃両殿下(※今上天皇皇后両陛下)御参拝、
……などなどをはじめ、護国神社の例に漏れず、皇室からも深い思し召しを賜っているそうです。
全国護国神社巡拝ガイドブック~ご朱印めぐりの旅~
故郷の護國神社と靖國神社―「故郷の護國神社展」の記録 (シリーズ・ふるさと靖國)
ラベル: 護国神社
posted by 蘇芳 at 14:49|  L 護国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする