2017年02月17日

【動画】京都霊山護国神社


靖国神社の前身が明治2年に創建された東京招魂社であることはよく知られていますが、それより一足早く慶応4年(明治元年)、明治天皇の御沙汰書を以て、黒船来航以来の国難に殉じた勤皇派志士の御霊を祀るべく、京都・東山の地に創建されたのが「霊山官祭招魂社」、現在の京都霊山護国神社です。





動画概要:
1)2015/08/29 に公開
幕末の動乱期に活躍した維新の志士たちを奉祀すべく、明治元年に「霊山官祭招魂社」として全国で初めて創立された。昭和14年京都霊山護国神社と改称。
境内には坂本龍馬、中岡慎太郎、桂小五郎を始めとする墓石、慰霊碑の他、従軍記念公園「昭和の杜」がある。近接の霊山歴史館では明治維新関連の資料文献を展示公開している。

2)2014/11/14 に公開
京都霊山護国神社は、京都府京都市東山区にある神社である。神紋は桜に菊。
The Kyoto Ryozen Gokoku Shrine is a Shinto Shrine located in Kyoto, Japan.
京都霊山護国神社

護国神社は、靖国神社と直接の関係があるようにも思われるかもしれませんが、あくまでも、それぞれの地域で思い思いに英霊の鎮魂を行ったのが創建の由来で、決して、靖国の御祭神を分霊したとか、いわゆる本社・末社のような関係があるわけではありません(性格の似た神社ですから、もちろん、相互の関係は良好だそうですが。一例を挙げれば、全国五十二社の護国神社が加盟する「全国護国神社会」の事務局は靖国神社内にあるとか)。

中でも、京都の護国神社は、冒頭で述べた通り、靖国より由緒が古い御社。

考えてみれば、幕末動乱のほとんどの期間、首都は京都であり、動乱・維新の主たる舞台も、そのかなりの部分が京都だったわけですから、それも当然といえば当然なのでしょう。
したがって、大東亜戦争をはじめとする対外戦争の英霊はもちろん、坂本龍馬や中岡慎太郎、木戸孝允(桂小五郎)などなど、英霊というより志士といったほうがしっくりくる人たちのお墓がいくつもあることで、有名な場所でもあります。

公式サイトの周辺地図を見ればわかりますが、清水寺や八坂神社といった有名寺社からも近く、霊山歴史館などの施設もあり……
慰霊・顕彰はもちろん、京都を訪れる機会があれば、ちょっとディープな観光スポットとして、立ち寄ってみるのもよいかもしれません。

動画概要:
2013/02/19 に公開
【るんるんTV】http://run2.tv/

 霊山歴史館は幕末・明治維新の頃の歴史的な資料を専門的に展示している日本で唯一の博物館である。

 維新志士や大名、画家や文人などの遺墨や遺品、錦絵やパネル、3D映像や坂本龍馬暗殺の再現模型などが展示されていて、5000点を超える収集資料から約100点に及ぶ展示品の数々が大人から子供まで楽しく歴史に触れることができる。

 中でも目を引くのは龍馬を切ったとされる刀が展示されているショーケース。

http://www.ryozen-museum.or.jp/

追記:
戦没者の神霊をお祀りする「招魂社」は、維新この方、京都・東京以外にも全国に建立されていきました。時代を重ね、戦乱がくりかえされ、戦没者・殉難者が増えるに従い、その数は増えつづけ、昭和十四年には百数十社にも達していたといいます。
しかしながら、「招魂社」は、正式な神社とは違って、その位置づけも曖昧な御社でした。
そこで、当時、神社行政の管轄官庁であった内務省は、この招魂社の制度を改正することを決定。昭和十四年三月に発せられた内務省令によって、
・同年四月一日を以て「招魂社」を「護国神社」に改称すること、
・原則として各府県一社ずつ、各府県内全域を崇敬区域とする代表的な護国神社を定め、「府県社」相当の社格をもつ「内務大臣指定護国神社」とすること、
・それ以外の小規模な護国神社は「指定外護国神社」とし、「村社」相当とすること、
などなどが決定されました。
その後、敗戦によって神社行政も大きな影響を蒙ったことは言うまでもありませんが……
他の神社と同様、各地の護国神社もそれぞれにその災厄を乗り越えて、現在に至るようで。そして、かつての「内務大臣指定護国神社」を中心に結成され、現在五十二社が加盟している団体が、上でも軽く触れた「全国護国神社会」だそうです。
全国護国神社巡拝ガイドブック~ご朱印めぐりの旅~
故郷の護國神社と靖國神社―「故郷の護國神社展」の記録 (シリーズ・ふるさと靖國)
ラベル:護国神社
posted by 蘇芳 at 01:22|  L 護国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする