2017年01月17日

【動画】徳川慶喜の幕末世界史 第10回「大政奉還と船中八策~坂本龍馬は、なぜダメ人間なのか?」


チャンネルくららから「徳川慶喜の幕末世界史」第10回。



動画で「日本人が賢くなってしまう」云々と言われていますが、自虐史観払拭・戦後レジーム脱却機運が進めば、幕末・維新史にも見直すべき点がまた新たに浮上してきたりもするのでしょうか。

本シリーズはもちろん、こちらなどでも、くりかえし書いてきたとおり、薩長史観批判は昔からありますし、実際、幕府のほうがよほど先見の明があり、薩長のほうが空想的なテロリストのようなものだったという見方にも、相当な説得力はあるように思います。
しかし、それでもやはり、だから維新は「過ち」だったとか、薩長は簒奪者に「すぎない」などという、本を売りたい人たちの短絡的なセールストークに、簡単に同意する気になれないのは、まさに動画で言われている論点、ドラスティックな改革の「実行」が、実際問題、〝しがらみがありすぎる”慶喜たちに可能だったのか、という点が気にかかるからです。

ソフトランディングですめばそれに越したことはないというのは一見いかにも常識的で穏当ですが、幕末という時代には、そのような「常識」や妥協を許さない、ハードランディング不可避な状況が、やはり実在したのではないでしょうか。

みんな仲良く、という「常識」がダメ人間だというと、またぞろ倉山氏一流の奇をてらったハッタリのようにも思えるかもしれませんが……
たとえば、大東亜戦争という未曽有の有事にさえ、抜擢人事の一つも行わなかった、レイテ沖で謎の転進をやらかした「戦犯」にすら何の処分も下さなかった、昭和の帝国陸海軍の「常識」的で「穏当」な官僚主義を思いだせば、その類推から、それなりに納得できるようにも思います。

こちらのシリーズが言うように、大東亜戦争の失敗の一半が、その「お役所仕事」にあるのだとすれば……
昭和日本が失った~と、しきりにしたり顔で批判される、幕末や明治の精神とは、その非常識で過激な「有事」の心得だったのかもしれません。
(ちなみに、昭和においては、そうした非常識で過激で体制転覆的なテロリズムは、尊皇を偽装した左翼思想に結びつきやすかったようにも思えます。そうした過激なエネルギーを、真の国益に資する形で吸い上げることができなかった……それが明治とは質的に異なる、昭和という時代の不幸だったのかもしれません)

そろそろ論旨があやしくなってきたので筆をおきます。
私ごときではなかなか竜馬のような「ブロガー」にはなれそうにありませんね(笑
posted by 蘇芳 at 01:42|  L 「徳川慶喜の幕末世界史」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする