2017年01月14日

一輪の花


高村光太郎でも萩原朔太郎でも草野心平でも、まあ、誰でもいいのですが、たとえば次の一文を、誰か名のある「詩人」の書いた散文詩だと言いはったら、歴史的かなづかいの風格と相まって、意外と騙される人もいるのではないかという気がします。
 一方は畑で他方は傾斜してゐて泥が深い。道は悪い。その畑を通つてゐたのだが、きれいな花が一輪泥の上に顔を見せてゐた。
 尖兵の将校がその花をよけて横の泥深い処を迂回して歩いてゐた。花の上を踏んで歩く方が泥も少なく近道でもあるのだが、花をふみくだくに忍びなかつたのだ。
 次を歩いてゐる男もそれにならつて花をよけて通つた。次々に兵隊はわざわざ泥の道を遠回りして歩いた。部隊が通りすぎた後にはきれいな花が泥の上に浮かんでほのぼのとした美しさを見せてゐた。行軍に疲れた時、実際ぬかるみ道は倍疲れる。そんな時にさへもたつた一輪の花もふまずに通つて行つた兵隊の心情が嬉しいのだ。
執筆者は陸軍中尉加藤出雲命。昭和十五年十月十七日、中支にて散華された靖国神社の英霊です。享年二十九歳。

当然、「詩」でも何でもないのですが……

安全な場所で命がけを口にする自称詩人はいつの時代にも掃いて捨てるほどいるのでしょうが、実際に命を捨てて戦いながら、このような言乃葉を書き遺した英霊のほうがよほど本来の意味で「詩人」だったようにも思えます。
もっと言うなら、わざわざ言葉にするまでもなく、一輪の花をただ黙々とよけて「通つて行つた」、物言わぬ兵隊さんたちこそ、詩人であり詩そのものであったようにも思うのです。

まあ、そんな感想こそ、それこそ「安全な場所」にいる私の、さかしらなのでしょうが。
Amazon:父上さま母上さま―桜を恋うる英霊の声
posted by 蘇芳 at 14:38|  L 靖国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする