2017年01月10日

【動画】徳川慶喜の幕末世界史 第9回「メキシコで皇帝やりませんか! ナポレオン三世、史上最大の寸借詐欺?」


チャンネルくららから「徳川慶喜の幕末世界史」第9回。



薩長が英国と、幕府が仏国と結んだことは、知識としては知られていますが、慶喜というのが娯楽産業的にはあまり人気の無い人であるせいか、仏国と徳川の関係について見聞きする機会は、薩長&英国のそれに比べると、少ないような気もします。
もちろん、日本が初参加したパリ万博 (1867年)もあれば、明治陸軍の軍制も当初はフランス流だったような記憶もありますが……
動画でも言われているように、仏本国は日本への関心は薄かったようですし、維新直後(明治3年)に普仏戦争の敗北なども起こればなおさらそれどころではなくなったかもしれませんし、日本側も「負けた軍隊を見習ってどうする」ということでドイツ陸軍に範を取るように変わっていったと聞きますし……仏国の影響というのは、結果的には、後々にまで尾を引くこともなかったかのような印象もあります。
むろん、結果論にすぎないでしょうし、また、その通俗的な結果論的な認識が間違っている可能性もあるでしょう。

何にせよ、動画の前半で語られているメキシコの件は、倉山氏の「真・戦争論 世界大戦と危険な半島」にもチラッと登場したのではないかと思いますが……バルカン半島といえば、第一次大戦の火種として有名。
そして、「歐州大陸の政略上佛露の同盟を遮斷し遂に佛露をして孤立の位置に立たしめむと欲する」ドイツの仕掛けた三国干渉、ドイツ皇帝が露皇帝をけしかけた日露戦争、その結果としての四国協商から第一次大戦へという一連の流れには、否応なく日本も巻き込まれていったのですから、近代日本の戦いを欧州情勢との関係で読み解くことは興味ある課題でしょう。

その流れを徳川の世にまで遡ったとき、何が見えてくるのか。
動画の続きに期待、というところです。
posted by 蘇芳 at 14:50|  L 「徳川慶喜の幕末世界史」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする