2017年01月09日

【動画】保元の乱②骨肉の争いと戦後処理


こちらの続き。一応、視聴しておきます。



「骨肉の争い」といえば歴史物の格好の売り文句。あまりに濫用されすぎてもはや新鮮味を失った言葉ですが。
こうして改めて整理してみればやはり無惨極まります。

いわゆる皇国史観や、物語文芸など、歴史から道徳的教訓を導き出そうとする立場からは、ある意味、格好の「題材」かもしれません。
 かように親子、兄弟、叔父甥の間の戦いである事が、すでに不道徳であります上に、 戦後の処分に、大変な過失が犯されました。戦いの勝敗がきまるや、朝廷では、崇徳上 皇を讃岐へお移し申し上げました。左大臣頼長は流れ矢に当たって死にましたが、その 子兼長は出雲に、師長は土佐に、隆長は伊豆に、そして僧の範長は安芸に流されました 。その外、上皇方に加わった公卿、方々へ流されたのは、いずれも致し方の無いところ でしょう。過失と云うのは、これ等を指すのではありません。武士に対する処分が、い かにむごたらしく、人の道を踏みはずしている事を云うのです。即ち、平忠正父子を捕 らえて、その首を清盛に斬らせ、また源為義父子を捕らえて、その首を義朝に斬らせら れたのです。
 
 武士たる以上、戦に負けて捕らえられ、斬罪に処せられるのは、元より覚悟していな ければならぬところですが、我が子に斬られ、我が甥に斬られ、従兄弟に斬られると云 う事は、いかにも残酷、心外な処分でしょう。朝廷の命令も誤っており、御命令のまま に実行した者も誤っていましょう。
 
 殊に最悪の者は、源義朝です。彼は父為義を斬り、弟頼賢・頼仲等を斬ったばかりで無 く、戦乱には何の関係も無く、一点の罪も無い幼少の弟をも、斬ったのです。即ち乙若 丸十三歳、亀和歌丸十一歳、鶴若丸九歳、更に天王丸七歳、之を斬ったのです。
 
 戦後の処分を取りしきって命令した者は、少納言入道信西、その命令のままに親と弟 とを斬ったのが義朝、叔父と従兄弟とを斬ったのが清盛、彼等はこの非常の処置につい て責任を取り、その報いを受けなければならぬ。それも遠い将来では無い、信西は三年 後、義朝は四年後、そして清盛は二十数年後に、それぞれ恐るべき報いを受けるのです 。
少年日本史 (平泉澄):保元の乱(下)
「不道徳」とその「報い」、これをあまりに情緒的であると切って捨てるのは簡単ですし、歴史上の人物を道徳的に断罪することが、どれほど意味のあることなのかも疑問ではありますが。

しかし、保元の乱が、因果応報の道徳的教訓の一つも導き出したくなるような、深刻な「結果」の引き金・端緒となったこともまた、事実・史実ではあるようです。
結局のところ、いわゆる摂関政治、平安時代らしい平安時代は、事実上、この乱を以て幕を閉じ、以降は源平争乱の時代が幕を開けるのでしょうから……

曲がりなりにも平安京の政治的秩序を守ってきた摂関家を弱体化し、平氏の増長と源氏のルサンチマンを募らせ、平治の乱を招いて、結果、従来の社会秩序を崩壊させたばかりか、信西自身も身を滅ぼすに至る。
この一時代の終焉のグロテスクさは、いったい何事なのか。一度は問うて見てもよいように思います。

泣いて馬謖を斬るの譬えもあり、政治・軍事には、時に非情の措置が必要な場面というのもあるでしょう。
「公」のために「私」を犠牲にするという場面です。
しかし、保元の乱における「非情」の措置が、「公」のために「私」を犠牲にするというほどの積極的意味を有していたようには見えません。
そもそも、皇室、摂関家、源氏、平氏という、社会の指導的階層における、三重四重の骨肉の争いは、もはや何をもって「公」と呼ぶべきか、共通見解を打ち立てることすら不可能な状況を招いていたのではないでしょうか。
その公的秩序の紊乱に乗じて、信西という一個人が、動画の言う通り、私的な漁夫の利を追求したのだとすれば、それは、何のことはない、「公」のために「私」を犠牲にしたのではなく、むしろ逆に「私」のために「公」を踏みにじったというだけのことでしょう。
結局のところ、このとき復活されたのは単なる「死刑」ではなく、「私刑」だったのではないでしょうか。

そしてそれは何も信西一人にかぎったことでもありません。
こちらで考察したように、保元の乱は国家の「公」の戦争ではなく派閥相互の「私闘」であり、そこで戦ったのは(事後的な色分けはさておき)律令制下の「公」の軍隊ではなく、武士団という「私兵」でした。
「道徳」がまさに「私」的欲望の抑制を意味するのだとすれば、保元の乱に始まる社会秩序の崩壊劇に、「道徳」が無関係であるどころか、むしろ、「公」に対する「私」の優先というこの「不道徳」にこそ、保元の乱のグロテスクさは由来しているようにさえ、感じられなくはありません。

「私」の欲望による「公」の位階秩序の崩壊。
思わず、ルネ・ジラールを思いだしてしまいそうです。
ああ、位階がくずれ去れば、
一切の偉大な計画へ通ずる梯がなくなれば、
事業は終わりです。社会の交わりが、
学校の学位が、都市の組合が、
海をへだてた国々の平和な貿易が、
長子の相続権や長上の特権が、
王冠や王笏や月桂冠の特権が、これら一切、
位階がなくて、
どうして正統な地位を保つことができましょうか?
差別を排し、その弦の調子を狂わせれば、
一切めちゃくちゃです。あらゆるものが対立し、
抗争します。陸地に囲まれた大海は
膨れあがって岸をのりこえ、
硬い地球全体を水びたしにします。
体力の強いものが弱いものを支配し、
乱暴な息子は父親をなぐり殺す。
力が正義となります。いや、むしろ正、不正
いずれも区別がなくなり、この二つのたえざる対立を
裁く正義もまた亡びます。
ウィリアム・シェイクスピア「トロイラスとクレシダ」
「私」の欲望のために「公」の秩序を踏みにじる。
「不道徳」が国を滅ぼす。
それは「革命家」の論理そのものでもあるかもしれません。

なんとなれば、社会の革命を可能にするためには、先ずその前に、それを実行可能な存在(≒革命家)へと、自分自身が脱皮しなければならない――つまり、社会の革命の前には、まず自分自身の内面の革命を、先行して実行しなければならないのではないでしょうか。そして、革命が秩序の破壊を意味するのなら、内面の革命とは内面化された秩序の破壊≒規範意識・道徳観念の破壊以外の何物でもなく、すなわち、人間の不道徳化を意味するでしょう。騙せ、盗め、犯せ、『悪魔とその祖母』とさえ妥協することを能くしなければならない
それはまさにレーニンです。

つまるところ、テロルの論理が人間の「不道徳化」を必然的に伴うものであるとすれば、「道徳」こそは社会防衛の砦であり、その点に注目する「修身の教科書」的な道徳的歴史解釈も、意外と、捨てたものではないのかもしれません。
欲望の現象学〈新装版〉 (叢書・ウニベルシタス)
暴力と聖なるもの (叢書・ウニベルシタス)
羨望の炎―シェイクスピアと欲望の劇場 (叢書・ウニベルシタス)
ラベル:平安時代
posted by 蘇芳 at 17:15| 平安時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする