2016年12月28日

【動画】信時潔:交声曲《海道東征》 第五章〈速吸と菟狭〉 (1941)


信時潔「海道東征」第五章。


wiki:海道東征
海道東征のホームページ(5)速吸と菟狭

万葉集、祝詞ときて、一気に童謡・民謡・昔話の世界になってきました。
こちらこちらの紙芝居にも登場した槁根津日子(珍彦)が天皇をお迎えする様子や、その案内でたどり着いた宇佐の行宮で土着の豪族に歓待をお受けになる様子が庶民的な親しみやすいメロディーで歌われています。

こちらこちらでも書いた通り、記紀においては、「東征」といかめしい名で呼ばれている御事績であっても、その実態は必ず平和的な交渉が先だっており、武力行使は可能な限り後回しにされ、最小限にとどめられています。

もちろん、記紀においても多少の戦闘は行われましたが、戦闘に先立って、必ず、説得に応じて帰順した者たちがいたことが語られ、中には、説得するまでもなく進んで天皇をお出迎えし、歓待する者たちもいたと伝えられていること、神武東征はもちろん、出雲国譲りの昔から、天孫降臨、後の景行天皇の征西などにも、くりかえし語られているパターンです。

実際、神武天皇をお出迎えし、道案内をした「国つ神」槁根津日子(珍彦)などは、
その昔、瓊瓊杵尊をお出迎えし、道案内をした「国つ神」猿田彦大神をさえ、思い起こさせはしないでしょうか。

また「その二」で歌われている「菟狭津彦」たち土着の豪族たちの歓待は、こちらで概観した、後の景行天皇の征西のとき、天皇をお迎えした地方豪族の存在を想起させます。
景行天皇をお出迎えしたのは多くが女性首長でしたが、宇佐においても、(上の歌詞には登場しませんが)菟狭津彦の隣には「宇沙都比売」が寄り添っていたことになっています。

景行天皇も現地に行宮を建てて数年をお過ごしになりましたが、神武天皇も、wikiで恐縮ですが、
舟軍を率いた彼らは、日向を出発し筑紫へ向かい、豊国の宇沙(現 宇佐市)に着く。宇沙都比古(ウサツヒコ)・宇沙都比売(ウサツヒメ)の二人が仮宮を作って彼らに食事を差し上げた。彼らはそこから移動して、岡田宮で1年過ごし、さらに阿岐国の多祁理宮(たけりのみや)で7年、吉備国の高島宮で8年過ごした。
wiki:神武東征>あらすじ・古事記
とあるように、東征の途上、各地の行宮で何年もお過ごしになっています。
「東征」といういかめしい名で呼ぶには、あまりにも平和的な交歓の光景ではないでしょうか。

しかし、7年も8年ものあいだその地にお留まりになって、天皇は何をなさっていたのでしょうか?
記紀を読むだけでは詳らかにしませんが、土地の豪族たちが、単に武力に脅されて従っていただけとはとうてい思えません(そもそもそれらの土地は彼らにとってこそホームであり、遠征軍にとってはアウェイだったはずでしょう)し、彼らが何のメリットもなしに天皇を歓迎申し上げたとも思えません。
彼らが天皇を歓待するには、彼らの側に、それなりの恩恵がなければならなかったはずではないでしょうか。

その「恩恵」が何だったのか、もちろん、私ごときに容易にはわかりませんが……
ふと思いだすのは、こちらで見た真鶴伝説です。
倭姫命の御巡幸も、長い年月を要しましたが、行く先々に様々な農業技術・先端技術をお伝えになった、などとも言われているようです。
であるならば……
もともと、斎庭の稲穂の神勅を賜って天降られたのが天孫なのですから、倭姫命の御巡幸のみならず、神武東征もまた、単なる「武力制圧」ではなく、「技術協力」を伴う「伝道」の旅であったとしても、不思議はないように思えなくもありません。
また、そうであれば、各地に長期間滞在される必要があったことも、地元がそれを歓迎したことも、説明しやすくなるのではないでしょうか。

何にせよ、神武天皇やその御東征を、嘘ニダ、でたらめニダ、と決めつけることは容易ですが……
その御東征の物語が、かくも平和的な「交歓」の情景として描かれ、語り継がれてきたという事実は、とても重要であるように思います。
こちらで述べたように、神話というものが「その民族や国民とは何者であるかを物語る物語」に他ならないのだとすれば、かくも平和的な神話を語り継いできた民族とは、その根本精神において平和的であるということにならざるをえないように思います。
旧約聖書のごとき鏖殺万歳の凶暴な神話を持つ民族とは、本質的に異なる、民族の「こころ」が、そこにあるというべきではないでしょうか。

神武天皇が橿原の地で即位あそばされたについても、こちらで見たように大和の豪族との姻戚を想定することができるようですし、実際、大神神社の大物主神はこちらで見たように皇室の「外戚」と言って言えないことはなさそうです。その後のいわゆる「欠史八代」についてもこちらをはじめ随所で推測してきたように、平和的な、それゆえに華々しい記録に残りにくい「歴史」があるとすれば……それこそまさに、民族・国民の誇りというに足るというべきなのかもしれません。

なら、これら御東征ゆかりの地には、記紀にも収録しきれない、さまざまな伝承が今に伝わっており、神武天皇が確かに「生きて」おいでになることが感じられるようです。(Amazon:「神武天皇はたしかに存在した ―神話と伝承を訪ねて」)
神武天皇はたしかに存在した ―神話と伝承を訪ねて
信時潔:交聲曲「海道東征」/我国と音楽との関係を思ひて/絃楽四部合奏 - 弦楽オーケストラ版 -[SACD-Hybrid]
オーケストラ・ニッポニカ 第2集
「海道東征」信時潔 作品集
SP音源復刻盤 信時潔作品集成
「海道東征」への道

posted by 蘇芳 at 16:04|  L 「海道東征」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする