2016年12月27日

【動画】徳川慶喜の幕末世界史 第7回「四境戦争(第二次長州征伐)~崩れゆく徳川」


チャンネルくららから「徳川慶喜の幕末世界史」第7回。



こちらなどでも書きましたが、尊皇の志士だ西南雄藩だといいながら、幕末のほとんどの期間、幕府よりも薩長のほうがはるかに頭がオカシイです(薩摩の頭がオカシイのが幕末だけかといわれれば大いに議論の余地はある気もしますがw)

薩英戦争(これも最近では負けてないと言いはる人が増えたようですが)をやってみなければ攘夷が無理だとわからなかったのが薩摩であり、やってみるまでもなくわかっていたのが幕府です。
頭のオカシイ過激派にてこずらされながら、現実路線を貫いたのが幕府。本来、よほどシッカリしていたという言い方もできるわけですが……

そうしてさんざん幕府の足を引っ張った頭のオカシイ過激派たちが、いつのまにか攘夷が無理だと気づいて英国と手を結び、幕府を倒して(攘夷ではなく)開国するというのですから、徳川もいい面の皮というところ。

慶喜が、このシリーズで言われているような、計算高いエゴイストだったというのが本当なら、さだめし、やっていられなかったかもしれません。


追記:
完膚なきまでに余談ですが、四境戦争は、若き日の乃木希典大将の初陣でもありました。もちろん、初陣ですから大したことはやっていませんが、名誉の負傷を負って、師であり叔父である玉木文之進に褒められたりはしたようです。後の常勝将軍・乃木希典、(言うまでもなく長州の人ですからして)、初陣もしっかり勝ち組ではあったようです。まあ、豆知識ですが。
posted by 蘇芳 at 21:27|  L 「徳川慶喜の幕末世界史」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする