2016年12月23日

【動画】【右向け右】東條由布子さんと殉国七士の墓 + 殉国七士廟


こちらで触れておいた12月23日のもう一つの意味というのがこちら。
殉国七士の命日です。





動画概要:
2016/01/22 に公開
東條由布子さんと殉国七士の墓
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1月22日金曜夜10時、第88回のゲストは、東條由布子さんと共に様々な活動をされてきた、ゆうとぴあ三ヶ根代表の伊藤弘さんです。
昭和14年5月20日、東條英機長男の長女として出生した東條由布子さんは、2013年にお亡くなりになりました。
東條由布子さんは、「東京裁判」を事後法で裁いた国際法違反の裁判と批判、いわゆる「東京裁判史観」からの脱却を訴えて、様々な活動をされてきました。
戦没者の遺骨収集や、八田與一さんが造った台湾の烏山頭ダムへの桜の植樹などとともに、愛知県にある「殉国七士の墓」を風化させないよう努めてこられました。
「殉国七士の墓」に祀られているのは、板垣征四郎・木村兵太郎・東條英機・土肥原賢二・広田弘毅・松井石根・武藤章の七名。
七名は、東京裁判で、いわゆるA級戦犯として絞首刑の判決を受け、死刑の執行は昭和23年12月23日、天皇誕生日に行われました。
この七名の墓はどのようにしてできたのでしょうか。
また、東條由布子さんは、どのような思いで、活動をされてきたのか。
共に海外でも活動された伊藤さんにお伺いします。

東京裁判史観の愚劣は今さら言うまでもないでしょう。
東條さんの悪口を言っていれば済むという恥知らずな嘘からは目を覚ますべきです。

しかし同時に、米国の悪口を言っていれば済むという誤謬からも、早く脱却したほうがよいでしょう。

こちらでも書いた通り、GHQが米国ではなく、より多くソ連の手先だったことがヴェノナ文書その他によって暴露された以上、彼らの卑賎下劣な悪意は、日米共通の敵のそれとして、今もなお生きつづけていると言わなければならないのでしょうから。
こちらをはじめとする江崎氏の一連のシリーズや、こちらをはじめ共産主義関連の動画なども参照して、考えていただければ、と。

付け加えると、「日本国民は東京裁判での戦犯の名誉回復を決議した」「連合国側は戦犯の釈放にも名誉回復にも抗議せず、嘗て戦犯であった人間が政府高官になる事も問題にしていない」、センパンガーグンクツガーと喚き散らしているのはパヨク反日勢力をはじめとする戦争を知らないお子ちゃま方ばかりである、などなどということも、わきまえておくべきかもしれません。
よもぎねこです♪:戦争の総括と戦後レジーム雑感
「日本を悪者にすること」も「米国を悪者にすること」も、日米共通の本当の敵を利することにしかならないという点では、同断です。
いわゆる「歴史戦」は、こちらこちらで考察した「世界的な潮流」のなかで、わが国が進むべき道を見定めるためにこそ、戦われるべきではないでしょうか。
posted by 蘇芳 at 16:03|  L 東京裁判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする