2016年11月25日

【動画】大正天皇




よくまとまった動画ではありますが。
重臣たちの中で、大隈重信だけ天皇に「取り入った」と、あからさまに恣意的な「評価」を下されていることが気になります。
大正時代の記述は、どうしても原敬日記に依拠しがちで、原というフィルターを通した見方に偏りがちではないでしょうか。

政党政治がどうこうでもっともらしく持ち上げられる原敬ですが。
第二次大隈内閣成立前後の原敬・政友会の「ブーメラン」連発のグダグダぶりなどは、現代の民○党もかくやという見苦しさです。
このたびの国防計画には、諸君(※原敬・政友会)が同意であろうと思ったのに、異論があったのははなはだ遺憾である。大体、この海軍増強、とくに陸軍の増師問題は、従来、政友会が手がけてきたものであって。桂、西園寺、そして、昨年の山本内閣においても、政友会がこれを主張してきたのである。これを今回、わが(※大隈)内閣が、世界の国際的な変化にともなって実現しようとするのに、反対される理由があるであろうか」
大隈内閣すなわち第一次大戦参戦内閣ですが。そんな重大時局に、いったい何をやっているのかというのが原敬率いる政友会でした。

そもそも、引用にある大隈の発言のなかだけでも、桂、西園寺、山本と三つの内閣が挙げられていますが。大正時代15年。「わずか」といわれ「短い」といわれるその期間に成立した内閣は実に10を数えます。
首相官邸:
・歴代内閣≫大正時代
・内閣制度と歴代内閣≫大正時代の総理
大正時代はその開幕当初から軍事予算をめぐって見苦しい政局がくりひろげられ、そのドサクサに漁夫の利を得ようとした政治屋もあとを絶たなかった時代ではなかったでしょうか。
この近視眼的な政局のドタバタこそ、左翼捏造反日自虐史観がありがたがる「デモクラシー」だの「政党政治」とやらの実態であり、その筆頭政治屋が原敬だったとすれば、動画の人物評価もやや疑わしいものに思えてきます。
この「デモクラシー」の愚劇こそが、やがて、こちらの動画でいわれていた「立憲主義の自殺」さえも結果していくことになるのだとすれば、なおさらです。

もちろん、そうした政治屋が原敬一人だったわけではありませんが、大隈一人だったわけでもないでしょう。大隈一人が陛下に「取り入ろう」としたなどと、下種な言い方をされるいわれはないように思います。
【読書】鈴木荘一「日本征服を狙ったアメリカの「オレンジ計画」と大正天皇」なども参照)

大東亜戦争における共産主義の暗躍が公文書によって確定されつつある現在。「戦後」の歴史捏造のほとんどすべてに左翼的反日的意図が隠されていることは、ほとんど言うまでもない事実でしょう。
そして大正時代こそは、第一次大戦があり、シベリア出兵があり、対華二十一カ条があり、尼港事件があり、何よりロシア革命があった時代です。
これらはみな、反日左翼にとって、捏造し歪曲し隠蔽したい事件のオンパレードではないでしょうか。
原敬をはじめとする「政党政治」の評価(美化)と、「軍部」の「暴走」による日本の「侵略」という神話の創作もまた、この反日的左翼的捏造の文脈でとらえなおしてみる必要があるように思います。

そしてまた、その「文脈」は、大正天皇へのいわれない誹謗中傷・黙殺無視とも、おそらく、無縁ではないのではないでしょうか。
何となれば、具体的なソースがどこにもない風説にすぎない「遠眼鏡事件」が流布されたのは、動画でも指摘されている通り、大東亜戦争の戦後になってからでした。
その風説の流布が何者によってなされたのか、「戦後」の言論空間の歪みからすれば、嫌疑をかけられるべき勢力は明白であるようにも思えるのです。
明治・大正の宰相〈6〉大隈重信と第一次世界大戦
大正天皇実録 補訂版 第一 明治一二年~明治三二年
日本征服を狙ったアメリカの「オレンジ計画」と大正天皇―東京裁判史観からの脱却を、今こそ!
大正天皇―一躍五大洲を雄飛す (ミネルヴァ日本評伝選)
嗚呼大正天皇 合本版 (パブリックドメイン NDL所蔵古書POD)
posted by 蘇芳 at 20:38| 大正 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする