2016年11月15日

【動画】心優しき「大正天皇」


こちらで触れたように延喜・天暦の帝のはざまに埋没されておしまいになりがちなのは朱雀天皇ですが、大正天皇もまた(まことに畏れ多いことではありますが)明治・昭和の大帝・聖帝のはざまで、忘れられがちな天皇であらせられるかもしれません。
しかし、第一次世界大戦ロシア革命など、大正の御代にもまた重大な出来事が起きているのですから、この「忘却」はとても不思議な、むしろ不自然なことのように思います。


動画概要:
2016/09/15 に公開
●大正天皇 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%AD%A3%E5%A4%A9%E7%9A%87

●【明治と昭和のはざまで】風雅を愛した心優しき殿下~大正天皇を知る~
http://matome.naver.jp/odai/2136755209219819201?&page=1

あえて西暦で書きますと、

1900年5月10日 皇太子嘉仁親王殿下(大正天皇)・九条節子(貞明皇后)、御成婚
1901年4月29日 皇孫迪宮裕仁親王殿下(昭和天皇)御誕生

つまるところ日本の20世紀は昭和天皇のご誕生から始まったのですが……誕生にはもちろん「親」の存在が不可欠。
昭和天皇のご誕生から~というのは、後世の後知恵で、当時のリアルタイムの日本にとっては、むしろ、前年の御成婚の記憶と合わせて、「皇太子御一家」というロイヤルファミリーの肖像こそ、新時代の幕開けを象徴するイコンとして受け取られたのではなかったでしょうか。
そして、大正天皇の気さくなお人柄は、臣民のその「期待」に十分に応えうるものだったようにも思えます。

第一次大戦の時代に在位され、動画で指摘されている数々の美質をも備えておいでだった大正天皇。
「御病弱」の一言で片づけるのはいかにも乱暴すぎますし、そもそも、「御病状発表」にいたる経緯についても、我田引の政治屋・原敬の一方的な証言に依存しすぎて、胡散臭い面があります。
こちらこちらで検討したように、この「忘却」には、何か、作為的なものがありはしなかったでしょうか……?

大正天皇の御製についてはこちらでも多少触れたことがあるのでくりかえしませんが……
拝誦すればするほど、清新な感受性がしみじみと(こう申し上げては畏れ多いですが)いとおしく感じられる、そんな「歌人」でもあらせられます。
木の下に立つとみし夜の夢さめて枕にのこる松風の音
雪はれて月かげきよみしろがねのつくり花ともみゆるうめかな
こゝかしこ白きは百合の花ならむもや立ちこむる谷かげの道
月かげにさばしる鮎のかげみえて夏の夜川ぞすゞしかりける
吹く風に薄みだれてさきに行く人の姿のみえかくれする
などはもちろん、大正10年の最後の収録歌、
神まつるわが白妙の袖の上にかつうすれ行くみあかしのかげ
にしても、一部で長年誹謗中傷されてきたような(まことに以て畏れ多い極みですが💢)「アレな人物」の作とは、とうてい思えないのではないでしょうか。
大正天皇実録 補訂版 第一 明治一二年~明治三二年
嗚呼大正天皇 合本版 (パブリックドメイン NDL所蔵古書POD)
大正天皇―一躍五大洲を雄飛す (ミネルヴァ日本評伝選)
日本征服を狙ったアメリカの「オレンジ計画」と大正天皇―東京裁判史観からの脱却を、今こそ!
大正天皇御製詩集
大正天皇御集 おほみやびうた
posted by 蘇芳 at 03:06| 大正 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする