2016年10月26日

【動画】小野義典の国際法講座 ~あなたならどうする?第2回「日本が国際裁判に 負けたのは・・①外務省が悪い②国際的な陰謀があった?・・」


チャンネルくららから「小野義典の国際法講座」第2回。



2個の者がsame spaceヲoccupyスル訳には行かぬ。甲が乙を追い払うか、乙が甲をはき除ける2法あるのみぢや。甲でも乙でも構はぬ強い方が勝つのぢや。理も非も入らぬ。えらい方が勝つのぢや。上品も下品も入らぬ図々敷方が勝つのぢや。賢も不肖も入らぬ。人を馬鹿にする方が勝つのぢや。礼も無礼も入らぬ。鉄面皮なのが勝つのじや。人情も冷酷もない動かぬのが勝つのぢや。文明の道具は皆己を節する器械ぢや。自らを抑える道具ぢや、我を縮める工夫ぢや。人を傷つけぬ為め自己の体に油を塗りつける[の]ぢや。凡て消極的ぢや。此文明的な消極な道によつては人に勝てる訳はない。― 夫だから善人は必ず負ける。君子は必ず負ける。醜を忌み悪を避ける者は必ず負ける。礼儀作法、人倫五常を重んずるものは必ず負ける。勝つと勝たぬとは善悪の問題ではない ―powerデある ―willである。
と、書いたのは夏目漱石だそうです。軽く検索したところ、明治38年か39年のころのようです。
つまり日露戦争の直後でしょうか。
別に上の一文が直接日露戦争を念頭に置いたものというわけではないかもしれませんし、むしろ漱石とかいう官途に背を向けたノイローゼのインテリにしてみれば、文明国の白人サマを打ち破ったといい気になっている、日本とかいう野蛮な黄色い猿に対してこそ、ケチをつけたかったのかもしれません(実際、日露戦争の戦勝国・日本についてのっけから登場人物に「亡びるね」と言わせたのが『三四郎』です)。

まあ、100年以上も前の文章です。細かい詮索をわきにおいて眺めてみれば、文明と野蛮、「power」に関する、さすが当代一流の文士の直観と、素直に読んでおくことも可能ではあろうかと思います。

漱石が「文明の道具」などと大仰な言葉まで持ちだして何を言いたかったのか、個人的な争闘か文明批評か、それはさておき。
実際のところ、江戸の日本文明が直面した国際環境こそは、野蛮な白人諸国による侵略の危機、以外の何物でもありませんでした。
当時のいわゆる国際社会が、野蛮な白人たちにいいように侵略され蹂躙される弱肉強食の地獄絵図に他ならなかったからこそ、日本の先人たちは国家・民族の生存(対外存立)をかけて獅子奮迅の努力を傾けなければならなかったのではなかったでしょうか。
明治維新にしても「近代化」にしても、そして日清日露の戦役にしても、まさにその野蛮な現実(―powerデある ―willである)との格闘そのものだったように思います。

そしてその「格闘」に、明治日本はおおむね勝利をおさめつづけたといってよいでしょう。
陸奥宗光、小村寿太郎、桂太郎、伊藤博文。
彼らに外交力がなかったなどとは、誰にも言いえないはずです。

もちろん、明治日本は、白人の野蛮に単に野蛮を以て対抗し、単に力によって勝ったというだけではありません。
四方の海みな同朋と思ふ世になど波風の立ちさわぐらむ
明治大帝の有名な御製が明らかに示す如く、野蛮な白人たちに蹂躙される世界の中にあって、なお、明治日本の理想主義は「醜を忌み悪を避け」「礼儀作法、人倫五常を重ん」じようと、極限まで努力しつづけたのでした。
日本の気高い精神を示す逸話は、枚挙に暇がありません。
前回の言葉で言うなら、それこそが明治日本の「国家意思」だったとさえ言ってよいのかもしれません。
その気高さを誇りにすることは当然であり必要でさえあるでしょう。
しかし、その「国家意思」の明示と貫徹のために、「力」の裏付けが不可欠であるという現実から、明治日本の指導者たちは、決して目を背けることはなかった、ということも、同時に押さえておく必要があるように思うのです。

翻って今現在。
大東亜戦争の「敗北」によって、軍事「力」という裏付けの喪失を余儀なくされながら、「法の支配」なるノンキな理想主義を平然と掲げる戦後日本は、はたして、嗤うべき道化以上の存在でありうるでしょうか?

国際社会において平和なお話し合いだけで理想が実現するなどということは、見え透いたパヨクの詐欺と虚偽のなかでしか可能ではないでしょう。
かといって、すべては―powerデある ―willである勝ちさえすればいいのだという野蛮な覇権主義も、日本の「こころ」からは程遠いものでしょう。

それでもなお「法の支配」の確立なる理想主義を、本気で掲げるというのなら、その度し難い理想主義者こそ、誰よりも冷徹に「力」の論理を熟知していなければならないのではないでしょうか。

軍事力の増強と、行使可能な体制作りは急務であるとして……
一口に「力」と言っても、軍事力だけでなく、いわゆるソフトパワーだってあるのです。
せめて今即使用可能な日本の「力」くらいは、しっかりと把握して、「有効」に活用すべきかと思います。
posted by 蘇芳 at 03:49|  L 「小野義典の国際法講座」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする