2016年10月20日

「自性清浄」と「現世利益」


神道仏教についての記事でくりかえし述べてきたように、この世を「苦界」とし「穢土」とし、「来世」での救済を志向する仏教は、原理的に、神道とは異質です。
仏教公伝が古代の思想侵略であり、国体破壊・国家反逆・皇位簒奪の企てが、蘇我氏にせよ道鏡にせよ、仏教を奉じる逆賊どもによって行われてきたことに、不思議はありません。
残る不思議は、そのような仏教が、結局のところ日本化され無害化され、受け入れられていったことです。
日本文化のフトコロの深さ……と悦に入るのもいいですが、では、だからといってキリスト教やイスラム教のような邪教まで受け入れるべきなのかといえば、そんなことはありません。
それなりに受け入れることのできた仏教と、追放・禁教せざるをえず、またすべきだった一神教とのあいだには、それなりの違いがあったのではないか。仏教が日本化されえたのは、仏教側にもそれなりの要因があったためではないのか、という点にも注目してみるべきなのかもしれません。

早くも聖徳太子は、「勝鬘経義疏」のなかで、次のようにお書きになっているといいます。
此如来蔵、自性清浄、雖在惑中、不為生死所染、但隠覆而己
(この如来蔵は、自性清浄にして、惑中にありといへども、生死のために染せられず、たゞし隠覆せらるゝのみ)
「自性清浄」すなわち人間の性質は本来は清浄なものであり、「隠覆」されることはあったとしても、決して失われることはない、というこの認識は、こちらで考察した神道の「清」「祓」の思想と、通底するもののように見えます。

もっとも、この「清浄」は、仏教においては「仏性」(悟りを開いて「解脱」する≒来世での救済を受けるための資質)のことでもありうるように思いますので……その点が神道とはやはり異質であるともいえます。
が、救済の教義はさておき、根底的な人間の「本性」の把握においては、ほとんど見分けがつかないのではないでしょうか。
少なくとも、人間を生まれながらに「罪」であるなどと決めつける邪悪な一神教よりははるかにまともであり、日本人にも受け入れやすいものだったには違いないように思えます。

もっとも、すべての仏教がこのようにマトモだったわけではないでしょう。
もとより、仏教はインドのシッダールタが開祖ですが、シッダールタ自身の著書などというものはありませんし、弟子が直接に見聞きしたシッダールタの言行録というのもいわゆる原始仏典として、数えるほどしか実在しません。
ナントカ経だのカントカ経だのという数々の自称仏典は、ほとんどすべて、後世の創作であり、仏陀本人とはほとんど無関係でさえありえます。
それはいわば仏陀の思想とは何ぞやという問いをめぐる壮大な哲学体系であり、その思想的営為のなかには、見るべきものもあれば捨つべきものもあるのは、いわば当然でしょう。

仏教の日本化・無害化の過程とは、その取捨選択の営為の過程だったとも言えるのではないでしょうか。
もちろん、取捨選択のためには対象を深く理解する必要があり、その「学習」の過程で、本来は捨て去るべき邪道・外道に感化されてしまった者たちもあったには違いありません。
が、1000年以上の歴史のなかで、総体においては、自浄作用を働かせ、無害化・正常化しえたのが「日本仏教」であったとは言っていいのかもしれません。

それでは、次に問うべきは、こうでしょう。
「そのような「自浄作用」は、いつ行われたのか?」

上で見た聖徳太子は、蘇我馬子とともに廃仏派の物部氏を滅ぼされた方でもありますが、こちらなどで見たように、太子の起草された十七条憲法は、やがて馬子を追い詰めていったようにも見えます。
また、こちらで述べたように、推古天皇が優渥なる神祇尊重の詔を渙発されたもうた直前、三日間にわたって太子が御進講申し上げたのは、上で引用した「勝鬘経」に他なりませんでした。
蘇我氏の流れをくみ、仏教を重んじられたとはいいながら、聖徳太子が実際にお果たしになった思想史上の役割には、やはり、崇仏派の一言では壟断しきれない、複雑なものがあるようです。

次に、蘇我氏に並ぶ古代の逆賊・道鏡の場合はどうでしょうか?

神託事件のあと、光仁・桓武両天皇によって国政の正常化が行われたことは言うまでもありませんが。
こちらこちらで見た通り、桓武天皇の仏教政策は、南都との決別と、新仏教の成立による、旧仏教への対抗であり、そこで大きな役割を与えられたのが本地垂迹説に立つ天台・真言の密教です。
「密教」といえば、そのキャッチフレーズは何をさておき「現世利益」です。
一見するとこれは世俗化≒堕落であるようにも見えるかもしれませんし、現実問題として生臭坊主が跡を絶たなかったことは否定のしようもありませんが。
冒頭に述べた、「原理」的な問題意識からすれば、来世救済という餌で信者を釣るために「現世」に唾を吐きかけるような思想が、現世で生きる人間にとって「原理的」に不都合であることは明らかではないでしょうか? 
それは、産霊のはたらきによって生み出された「現世」の「生命」をこそ尊ぶ神道の敵であり、端的に現世の「生命」の敵なのではないでしょうか?
「現世利益」を唱えた密教は、現世を否定しない、という、仏教の穏健化を宣言したとも言えるのかもしれません。

また、谷省吾「神道―その探究への歩み」によれば、そもそも最澄・空海の思想もまた、聖徳太子と同じ「如来蔵」の思想に立脚しているのだといいます。
そしてその日本的神道的なこころと通底する「自性清浄」の思想を以て、他の仏教宗派と論争し対立し、そして勝利していった、ということにもなるようです。
太子が、『法華経』や『維摩経』と共に、特にこのお経を講説、注釈されたといふことにも、大切な意味が存するといつてよいと思ひますが、下つて最澄や空海も、この如来蔵の考へに立脚して教へを説きました。最澄では『守護国界章』、空海では『秘蔵宝鑰』のやうな比較的手元に見られるやうなものを見るだけでも、そのことは明らかであります。法相宗では、五性各別と言つて、人々の素質は決定的なもので五種あり、そのうち無種性のごときは永遠に救はれない。すなわち悉有仏性を認めないのでありますが、最澄は、その法相の学僧、護命や徳一との間に、はげしい論争を行ひました。そして、やがて日本の仏教の大勢は、最澄や空海の流れにおほはれてゆくのであります。
あくまで神道学者からの見方で、仏教側にはまた別の言い分もあるかもしれませんが……
とりあえずこの見方がそれなりに妥当であるとするならば、蘇我氏や道鏡のあの邪悪な侵略思想が、やがて「日本仏教」として無害化されていく歴史の早い段階、いわばその端緒において、空海・最澄は大きな貢献を果たしたのであり、仏教徒ではあっても俗説通り日本史上の「偉人」と呼ぶことに問題はない、ということにもなりそうです。
何よりその後ろ盾として千年の都をお開きになった桓武天皇こそは大帝とお呼び申し上げるにふさわしい帝であらせられた、ということにもなるのでしょう。

真言宗による両部神道、天台宗による山王神道、など、このあと長く続くいわゆる神仏習合の功罪についても、「自性清浄」「現世利益」という視点を踏まえたうえで考究すべきなのかもしれません。
神道―その探究への歩み
勝鬘経義疏、維摩経義疏(抄) (中公クラシックス)
ラベル:仏教
posted by 蘇芳 at 15:45| 仏教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする