2016年10月20日

【動画】岐阜県春日村さざれ石公園 他


一昔前まで、反日パヨクの皆さんは、小石が岩になるわけねーじゃんwwと、嘘をついていたものですが。
「さざれ石」が実在することは、偏差値28の皆さんはさておき、普通の日本人にとっては今では常識でしょう。鉱物的には石灰質角礫岩というそうです。
とりあえず目についた動画をいくつか。








動画概要:
2016/05/24 に公開
垂井にも同じものがあるのでどっちが本当の起源なのでしょうか

2008/04/18 にアップロード
4月8日、鹿児島県霧島(きりしま)市の霧島神宮に、「さざれ石」を見に出かけました。1987(昭和62)年、岐阜県揖斐川(いびがわ)町の関係者によって奉納されたもので、そう大きくはありませんでした。

 でも、君が代に歌われているように、小石がたくさん集まって岩になっている様子を確認することができました。コケはあまり生えていませんでした。

2013/05/14 に公開
多賀大社(滋賀県)の境内に「さざれ石」がありました。
「君が代」に出てくる「さざれ石」がこういうものだったとは今まで知りませんでした。
wiki:さざれ石
知の関節技:「さざれ石」 は比喩ではなかった

上のリンクにもある通り、さざれ石は各地の神社に祀られており、主な産地は伊吹山だそうで。
一番上の動画がその伊吹山麓にある「さざれ石公園」ですね。
その地元(岐阜県揖斐郡揖斐川町春日)には、君が代にまつわる伝承もあるといいます。

平安時代、文徳天皇(在位八五〇-八五八年)の皇子惟喬親王に仕えていたある木地師が、(良材が多いので)春日谷に住んでいました。この木地師が京へ往復する途中、渓流に山積する「さざれ石」を発見、「これは珍しい石、目出度い石である」と、見たまま、感じたままを詠んで奉ったのが「君が代」の一首である……というもので。
この歌は秀歌として古今集に収録されたばかりか、木地師は官位も賜り、以後は「藤原朝臣位左衛門」なる立派な名前を名乗るようになった、とか……

ちなみに名前、とりわけ家名というのは本来主君が家来に与えるもので、だからこそ究極の主君であらせられる天皇は名字をお持ちにならないわけですが。
当然、「藤原朝臣石位左衛門」なる立派な名前も、自分勝手に名乗ったのではなく、朝廷から賜ったもの、名乗ることを許されたもの、であるはずです(そもそも「朝臣」ですし、「左衛門」に至っては官職ですからね?)
しかし、それがよりにもよって「藤原」というのも、古今集では「詠み人知らず」とされているような身分の低い木地師に与えられるにしては、名門過ぎて不自然です。
要するに、後世に付会された伝承の類だとは思います。

だとしても、しかし、いつごろから伝わっている伝承なのでしょうね?

平安時代に「成長する石」が詠まれたこと自体は、単なる比喩だとか、柳田国男などが指摘する通り、実在の石灰質角礫岩とは関係のない「成長する石」の伝説・信仰からくるものだ、と、説明することもできるのかもしれません。
しかし、よりにもよって石灰質角礫岩という本物の「成長する石」が実在する所在地に、この伝承が語られているということは……さざれ石の鉱物的性質について知ったうえでなければ、できない相談だと思うのです。

日本人はいつごろから「さざれ石の鉱物的性質」を知っていたのでしょうか。。。
てる爺と歩く 近江の散策:君が代 古今和歌集 御伽草子 惟喬親王 近江のむかし話 岡神社 など さ ざ れ 石
ラベル:国歌
posted by 蘇芳 at 03:17| 皇室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする