2016年10月05日

【動画】忘れ去れた台湾史 日本時代編 【訳付き版】5~6


忘れ去れた台湾史」シリーズ。





動画概要:
2009/03/29 にアップロード
これは、台湾で放送する人気政論番組です。
この番組は、世間話で専門書を紹介しながら
日本時代を検証するので、多少凄いつっこみが出てきます。
出演者が、親日家で偏りもあると思いますが
台湾の方の日本に対する気持ちがよく現われています。

把打扰,辛苦台湾的各位上浇在,并且做日治时费。

战时非常感谢你和日本军一起勇敢地斗争。

日本人正爱台湾。

親日の台湾の皆様ありがとうございます。

支持!!
台日友好!
台灣加油!

細部は若干あやふやですが、かつては日本人なら誰一人として知らぬ者はなかった乃木大将の逸話のいくつかが紹介されています。
それが台湾で語り継がれ、肝心の日本では教科書からも追放されているばかりか、国賊・司馬遼太郎の愚劣な捏造・歪曲・誹謗・中傷・嘘八百を未だに真に受けている人までいる始末。情けない限りです。
古川薫「斜陽に立つ―乃木希典と児玉源太郎 (文春文庫)」によれば、東京・乃木家跡を中心に数多くあった顕彰碑や史跡が、次々に破壊・抹消さえされているともいいます。
日本の偉人を合理性のかけらもない妄想で貶めて喜ぶのは誰か、そろそろ気づいてもいいはずではないでしょうか。

さて。

前回も若干触れた通り、台湾の「親日」には、後の支那国民党の愚劣さ・邪悪さ・残虐さとの比較のため、相対的に日本が美化されているという事情もあり、動画ではそれが台湾人自身の口から語られています。
ここで一つ注意しておかなければならないことは、国民党による歴史捏造を経てきたため、台湾人自身、必ずしも日本時代の「真実」を熟知しているわけではない、ということでしょう。
(そもそもこの動画自体が、日本時代の真実を再発見しようという趣旨の番組ですから、そうした「忘却」を前提にしています)
台湾人が「親日」になったのは、国民党がやってきて、日本と比較してから、つまり敗戦後だ、と、動画では言われていますし……もちろん、そういう人もいたでしょうが、すべてがそうだったとすると、戦時中、高砂義勇隊に志願者が殺到した「史実」の説明がつかなくなります。
先年大ヒットした「KANO~1931 海の向こうの甲子園~ [DVD]」も戦前の物語ですが、台湾人が「親日」になったのは、国民党がやってきて、日本と比較してから、つまり敗戦後だ、とするなら、あの映画は完全なデタラメだったのでしょうか? まあ、映画ですからフィクションではあるわけですが、完全なデタラメだ、と言ってしまって、不愉快に思うのは、台湾人自身ではないでしょうか。

動画のようには単純化できない、戦前からの「親日」事情もあったことは、押さえておくべきことのように思いますし、また、それに関連して、動画の議論にはもう一つ、かなり重大な「単純化」が潜んでいるようにも思います。
この動画シリーズの初回から、日本人・台湾人・中国人という「三つの民族」が登場していたわけですが……これは、現代においてはそれなりに妥当な認識ではあるかもしれませんが、動画で議論の対象になっている時代。日清戦争直後の日本統治時代最初期においては、はたして妥当だったといえるでしょうか?

上で大東亜戦争の「高砂義勇隊」の名を挙げておきましたが、昔の高砂族、今で言う「台湾原住民」として現在政府に認定されている部族は十六を数えるといいます(つい最近になって「認定」された部族もいますが、どこぞのナリスマシ土人ではあるまいに、部族としての実体自体は、はるか以前、それこそ日本統治以前から実在していたのでしょう)。
日本時代以前、これら部族は、台湾の島内で、時に友好を結び、時に争ってきました。いわゆる首狩りの伝統を持っていた部族もあるという話もあるようです。
この動画シリーズでもいずれ軽く言及するパネラーがいたと思いますが、日本統治の初期、これら原住部族のいくつかは日本に敵対し、またいくつかは進んで日本に協力したといいます。後者はそうすることで、対立する部族より優位に立とうとした、ありていにいってしまえば、日本を使って対立部族をつぶそうとした、のだとも言われているようです。
それが事実だとして、はたして、彼らのアイデンティティは、「台湾」に帰属していたといえるでしょうか? 彼らはあくまでそれぞれの「部族」の一員というアイデンティティを持っていた。彼らはタイヤル族であったりパイワン族であったり、アミ族やルカイ族やセデック族や、その他その他ではあったかもしれませんが、そのすべてをひっくるめた統一的な「台湾人」というアイデンティティは、その当時、はたしてすでに成立していたといえるのでしょうか?

組織的に日本と戦った勢力も、なくはなかったようですが、動画で言われている通り、それを率いていたのはオランダ人であったり、支那人であったりしたわけで、台湾のために命をかけるような連中ではありませんでした。

要するに、日本統治の初期には、「台湾人」が「抗日」した、という言い方自体、本末を転倒させた後付けの認識ではないか、と、個人的には感じます。

言葉遊びをしているように聞こえるかもしれませんが……
この一連の動画で、台湾人の出演者たちが、しきりに日本の「精神」、維新の「精神」、民族の「アイデンティティ」を語っているのは、上で述べたことと無関係ではないように感じます。

そもそも、乃木大将やその母をはじめ、八田與一や鳥居信平など、台湾に尽くし、時には台湾の土ともなった、当時の日本人の「精神」とは畢竟何だったでしょう?
もっと大きく言うなら、日本帝国の台湾統治の根本精神、それは何だったでしょう?
「台湾地方」は「日本国」の一部であり、そこに暮らす人々は、タイヤル族であろうとパイワン族であろうとアミ族やルカイ族やセデック族や、漢族や満州族であろうと、日本の「臣民」であり「国民」である、という……要するに「国民国家」の精神であり、それを当時は「八紘一宇」と呼んでいたのではなかったでしょうか。

「単一民族国家」日本の日本人にはわかりにくいかもしれませんが、民族と国家は別の概念です。
かつて台湾は「島」であり「地域」ではあっても、「国家」ではありませんでした。
オランダや清朝など、台湾を一時的に支配したと主張する国家はありましたが、到底、統治と呼ぶに値する実績を上げたとは言い難く、台湾原住民のあいだに、「オランダ国民」だの「大清帝国臣民」だのといったアイデンティティが根付くことはなかったでしょう。
結局のところ、ただ日本のみが、彼らを日本の「臣民」「国民」にしようとしたのであり、日本が台湾で成し遂げた最大の「(動画の言葉で言うなら)建設」は、部族・民族の如何にかかわらず同一の「国家」に帰属する「国民」「臣民」というナショナル・アイデンティティの形成、そのものだった。平たく言うなら、日本は台湾に「国民国家」をもたらした、のではなかったでしょうか。

このシリーズの初回で触れたように、自国の国際的地位に関して、政治的に異なるスタンスに引き裂かれているのが現代の台湾であるとするならば。
その彼らが、「中華人民共和国」や「中華民国」の魔手を拒絶し、真の「台湾」として立とうと願うとき、そこで浮上する「台湾人」という帰属意識は、個々バラバラのエスニックグループへのそれではなく、それらすべてを超越し包摂する「国家」の「国民」としての帰属意識≒ナショナルアイデンティティ以外のものではないでしょう。
だとすれば、部族・民族の如何にかかわらず同じ「日本国民」だったという台湾人の過去は、同時に、「台湾国民」としての台湾人の未来にとっての雛型・モデルケースになりうるものであって……だからこそ、動画の出演者たちは、日本の「精神」、維新の「精神」にこだわるのではないでしょうか?

それに対して、動画に登場する、台湾への埋葬を拒否する二人の支那人の遺体、への言及は「中華民国」が台湾を侵略し支配する「外国」にすぎないことを物語って余りあるというべきでしょう。
その「精神」の醜さたるや、「大日本帝国」のそれと、いかにかけ離れたものであることか……
台湾国民のみならず、日本国民もよくよく理解しておく必要があるように思います。
posted by 蘇芳 at 01:56|  L 「忘れ去れた台湾史」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする