2016年09月02日

【動画】「お役所仕事の大東亜戦争」 第2回 これが帝国憲法だ


チャンネルくららから「お役所仕事の大東亜戦争」第2回。



以前こちらで書きましたが、「伊藤博文直話 (新人物文庫)」において、伊藤博文は、憲法調査のための諸外国外遊を回想して、いの一番に米国での経験を(「ワシントン」「ゼームス・マジソン」「アレキサンドル・ハミルトン」「ジョン・ジェー」『フェデラリスト』といった具体的な人名や書名を列挙しつつ)長々と語っています。それに比べればフランスやドイツへの言及は微々たるものです。

また、木下道夫「宮中見聞録―昭和天皇にお仕えして」には、ドイツ人「ヘルマン・ロレスエル」が考案した憲法草案の一条、
天皇ハ神聖ニシテ不可侵ナル大日本帝国ノ主権者ナリ
から、井上毅が、その後半をごっそりと削除し、
天皇ハ神聖ニシテ不可侵ナリ
と改めた挿話が収録されていました。

これでどうして明治憲法が「プロイセン流」と言えるのか、人並みの脳があれば、誰しも疑問くらいは抱くのではないでしょうか。
そして、倉山氏に言わせると、やはり、「そういうこと」だったようです。

権力の分散・分立、すなわち独裁ができない体制、こそが明治憲法の眼目だったとするならば、二言目にはアベガーヒトラーガーとわめきちらすパヨクの皆さんこそ、明治憲法の復活を提唱すべきではないでしょうか。無理ですか。あの方たちヒトラー大好きすぎますものねぇ。。。
世界の憂鬱:韓国人の「ヒットラー好きが凄過ぎる」とロシアのサイトで話題に・・画像あり
首相と陸相とその他もろもろ兼任したあの人でさえ戦時中に倒閣運動で退陣してしまう、それが明治憲法。
明治憲法があったからファシズムにならなかった、というのが本当なら、素晴らしい立憲主義であり、まさに万機公論に決すべしの国柄ですが……
そのかわりお役所仕事になった、というのが本当なら、悪い冗談のようです。

国家に官僚機構は必要不可欠でしょう。
「お役所仕事」にもそれなりの存在意義はあるのでしょう。
しかし、平時はそれでよくても、有事にそれでよかったのか、といえば、良いわけがありません。
平時のお役所仕事がにっちもさっちもいかない国難を招来し、にもかかわらず、有事においても平時と同じお役所仕事を続けてしまった、のだとすれば、何ともやりきれません。

極端な話、当時の日本が「優秀な独裁者」を生みうる体制であったなら、少なくとも戦争には、ああも手ひどく負けはしなかったのかもしれませんし、実際、昭和維新を叫んで明治体制の打倒を目指し、コミンテルンにいいように踊らされた勢力は、まさにそういう体制を望んでいたのかもしれません。

ちなみに「イスタンブールを愛した人々 エピソードで綴る激動のトルコ (中公新書)」によると、橋本欣五郎は、大使館付武官としてトルコに赴任した際、ケマル・パシャ(アタチュルク)の「革新的強権政治」に接し、大いに影響を受けたとも言われているようですが、その橋本は、アタチュルクをつかまえて、ヒトラー、ムソリーニ、スターリン、リザ・ハンなどと並び称すべき「独裁者」と捉えていたといいます(トルコ人は怒るでしょうし、アタチュルクを独裁者呼ばわりすることは、私も個人的には橋本の勘違いだと思いますが……その「勘違い」の内実は、アタチュルクをヒトラー・スターリンの同類扱いするというよりは、ヒトラー・スターリンをアタチュルクレベルの立派な指導者だと勘違いした、というほうがより正しいのかもしれません)。
第一次大戦に負けたくせに領土を拡張した優れた軍人、強権をもって国を指導しながら友人に対立政党の結成を依頼する非・独裁志向の政治家、という……アタチュルクのごとき世にもまれなる突然変異的英雄が恒常的に日本に実在しつづけるというのなら、昭和維新の夢想も実現性があったのかもしれませんが、「世にもまれなる」英雄を恒常的にアテにしつづけることなど、土台、無理な相談でしょう。残念ながら。

最良の独裁vs最悪の民主政治、というと、何やら倉山氏の大好きな「銀英伝」のようですが……

かの大戦は、「憲法典」を含む「憲法」の「運用」についても、大きな問いかけを投げかけてくる歴史なのかもしれません。
戦後日本の法学が曲学阿世の反日左翼によって徹底的にゆがめられ、異常な教義と化した結果、私たち国民の多くが、その問いかけを正当に受け止め、考える能力を十分に身につけることができずにいるとしたら……由々しいことのように思います。
お役所仕事の大東亜戦争
お役所仕事の大東亜戦争 [ 倉山満 ]
帝国憲法物語
帝国憲法の真実 (扶桑社新書)
本当は怖ろしい日本国憲法