2016年07月20日

【読書】【動画】長浜浩明「古代日本「謎」の時代を解き明かす」

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長浜浩明氏というと、ネット上では韓国人のDNAが云々という話ばかりがネタ的にもてはやされがちですが、そういう理系的な根拠と論理構成をもって展開される氏の業績を、単なる嫌韓ネタとして面白がるだけでは勿体ないと思います。氏の「古代日本「謎」の時代を解き明かす―神武天皇即位は紀元前70年だった!」はわりと日本人必読かもしれません。



動画概要:
2014/11/09 に公開
『古代日本「謎」の時代を解き明かす』
〜戦後の古代史論を全否定!神武東征の正しさを論証し古代史・
謎の扉を開く!〜

* 長浜氏の一連の著作に対しては、これまで(古代史)学会から唯一つも反論が出て来ないという奇妙な状況なのだそうです。
それも「異常」な事です。
学会としてどうにもこうにも反論の糸口がない全面降伏なのでしょうか?     *****************************************
新しい歴史教科書をつくる会
<歴史・公民>東京塾・第26回研修会

<日韓古代史、現行通説の間違いを徹底論破する>その2

<場 所> : 豊島区医師会館
<日 時> ; 平成26年11月8日(土)午後1時00分〜5時15分
1)研修会連続講座(PM1:00〜1:30)質疑(5分)
「喫茶(道)の伝統」その2 講師・石川陽子(日本の伝統と文化を語る集い)

2)講 演 (PM1:40〜3:10)質疑(10分)
『古代日本「謎」の時代を解き明かす』
〜戦後の古代史論を全否定!神武東征の正しさを論証し古代史・
謎の扉を開く!〜
講師・長浜浩明

3)講 演 (PM3:35〜5:05)質疑(10分)
『知られざる倭韓関係史』
〜 倭の五王は「私は土着の倭人」と言明した 〜
講師・室谷克実

上の動画は概要にある「2)講 演 (PM1:40〜3:10)質疑(10分)」の部分ですね。
音が聞きづらいのが難点ですが……
できれば氏の著書を手に取ったうえで視聴していただければ、と。

山から貝の化石が見つかったので昔は実は海だった、という話はあちこちで聞いたことがあると思いますが。
大阪の河内平野というのも「昔」は海でした。
「なにわのあきんど」の「ナニワ」の語源は「浪波」、潮流が速かったのであっという間に目的地に着いた、という神武東征の記述にまで遡れます。
神武天皇が実在され、神武東征がまぎれもない史的事実だとすれば、それが実行された時期は、この一帯の潮の流れが西から東へ向かう時間帯があった時代でなければならない、ことになります。
たとえ早い流れがあったとしても、その流れを遡らなければならない(東から西へ流れている)のであれば、あっという間に目的地に着いた、という記述にはなりませんから。

河内平野は言うまでもなく今は陸地。というか都会。山のような建物が建っていますが……
建物をキチンと建てるためには、きちんと地盤を調査して、適切な基礎工事をしなければなりません。
そこがデタラメだと最悪の場合、ニダの斜塔になってしまいます。
大阪という大都会を築きあげる上で、当然、広範囲にわたる地盤調査・ボーリング調査が行われており、建設関係の専門家はそれらのデータに接することが可能なようです。
著者の長浜浩明氏はまさに、東京工業大学建築学科卒、同大学院修士課程環境工学専攻修了の工学修士で、「一級建築士」その他その他の資格を持っている人ですね。
それで、地質調査に基づく河内平野の「歴史」に関する先行研究に注目して、記紀と結びつけることができたようです。

ボーリング調査の結果、古い地層からは貝の化石などが見つかるわけですが、一口に貝といってもいろいろな種類があって、生息場所も海水、汽水、淡水などにわかれています。
ある時代の地層からサザエやハマグリが見つかれば、それはつまり、そこがその時代に「海」だったことを示す動かぬ証拠となるのでしょうし、見つかったのがアサリやシジミだったなら……と、生息環境を異にする貝の分布から、単に昔は海だった~というような大雑把な理解以上に詳細かつ正確な、環境の時系列的変遷を後付けることができるのだとか。

河内平野の場合、最初は大きく開けた湾=海だったものが、堆積作用のために湾口が狭まり(そのために干満による潮流が速くなり)、ついには湾口が閉ざされて湖になった、という歴史が見えてくると言います。
となると、海生貝類はもちろん、汽水性の貝も見られなくなる、純粋に淡水生の貝類しか発見できなくなる地層の年代というのは、重要な分岐点になるのでしょう。
汽水域の消滅、というのは、つまり、海水と淡水が混じり合うことがなくなった。西から東への「流れ」がなくなったということですからして……平面上で湖と海がつながっているように見えたとしても、水はもはや湖から海へ流れ出す一方でしかない。西から東へ向かうのに都合の良い潮流があったという神武東征の記述は、その時代以降には書かれえない、ということになります。
神武東征が史実だとすれば、その時期は、湾口が広すぎた時代(「浪速」ではない時代)でもなければ、湾口が閉ざされてしまった時代でもありえない、と、推測する根拠になります。

逆に言うと、神武東征の記述は、反日勢力が根拠もなく決めつけたがる「デタラメ」「嘘」「捏造」「虚構」であると考えるには、あまりにも正確に当時の河内「潟」の現実に符合しすぎている、とも言えそうです。
これをデタラメだと決めつけるには、それ相応の根拠を示さなければならないはずですが、個人的には、神武天皇は「もちろん」非実在だ、という以上の説明を、反日勢力から聞いた記憶がありません。
とりあえず、神武東征は「河内潟の時代」に実際に行われた史実である、という主張を作業仮説として検証してみるくらいの努力は必要ではないでしょうか?

動画ではそこまで話が進んでいませんし、「黥面文身」の話さえかなり割愛されていますが……

古代天皇の実在否定の根拠として、その異常な長命が挙げられることがしばしばですが、これについてはいくつかの説が出されており、著書においては、長浜氏は「春秋年(≒半年を1年と数える)」を採用して古代天皇の実年齢を推測しています。
春秋年といっても完全に春秋年だけで記述されている御代もあれば、崩御年は春秋年で、在位は実年で書かれている御代もあり、単純に二で割ればよいというものでもないというのですからヤヤコシイのですが……
とりあえずいくつかの根拠からそれを整理して、天皇の実年齢を推定、河内平野の歴史とは別のアプローチで、神武東征の年代を推定することにはなっています。
この二つの異なる方法で導き出された結論が見事一致したなら、その推定の確からしさがグンと高まることは、言うまでもないでしょう。
そして、実際に、両者は矛盾なく符合すると言います。

さらにさらに。
そうして導き出された実際の年代を当てはめてみると……
記紀に記述された半島関連の記事と、半島の史書(こちらはすべて実年で書かれていることが明白)の記述も、ぴったりと符合したというのですから、疑問の余地はさらに減ってしまいます。

日本書紀の記述は「河内平野の歴史」という自然科学的な事実に矛盾しない、どころか、それに照らしてみれば、デタラメどころかその記述の確からしさばかりが際立ってくる、と、言わざるをえないようです。

先述したように、動画ではそこまで話が進む前に時間が尽きている観がありますが、「黥面文身」についても、氏の推論は、世にはびこるナンチャッテ古代史学のほとんどより、はるかに論理的な説得力を帯びています。
反日勢力は大陸・半島が大好きで、記紀をアプリオリにデタラメと決めつける一方で、大陸の史書はアプリオリに崇拝するのがならいですが……邪馬台国がどこにあったかは主張がバラバラではあるものの、反日捏造似非学者の多くが、邪馬台国こそが大和朝廷の直接のルーツである(≒ヤマトはもともとシナの家来だった)と主張したがっている点では共通しているように見えます。
しかし、その彼らがありがたがる大陸様の史書には、邪馬台国の「男子は大小となく皆黥面文身」と、明記されているのですし、邪馬台国が大和朝廷のルーツだというのなら、天皇・皇族など大和朝廷の人々も「皆」黥面文身していなければおかしいことになります。
が、ヤマトの男子「皆」にそのような刺青文化があったという記述は記紀にはなく、むしろ奇異な異民族の習慣として描写されていると言います(私も記紀は読んだので氏の引用されている記述は覚えています)。
そしてこの大和に刺青の習慣・風習・文化がなかったという推測は、考古資料によって立証もされている、と、氏は例を挙げて説明しています。

また、そもそも、反日勢力のありがたがる大陸史書のひとつ「旧唐書」には、
日本国は倭国の別種なり。その国は日当たるあるをもって、故に日本を以て名をなす。
或は曰く、倭国は自らその名の正しからざるをにくみ、改めて日本となすと。
或は云う、日本は旧小国倭国の地を併と
と書かれていると言います。
邪馬台国がらみで必ず登場するのが「倭国大乱」云々ですが、この「倭国」は「日本国」とは「別種」である、と、反日勢力のあがめたてまつる大陸様がおっしゃっているではないですか?
しかもその「日本国」が「倭国」の地を「併す」≒併合した、とさえ、書かれています。
これでどうして、邪馬台国が大和朝廷の「ルーツ」などということになるのでしょうか?

大陸文献などロクに読んでいない私のような半端者のディレッタントでさえ、邪馬台国があったとすれば九州北部、大和朝廷とは無関係に勃興し、無関係に滅び、やがて景行天皇の征西で朝廷の支配下に入ったのだろう、くらいの推測は記紀を素直に読めばできるし、してきましたが……
考古資料と大陸文献という二つの根拠から、当たらずも遠からずだった、のなら、うれしく思います。

本書の話は、さらにつづいて、やがて金属民俗学も登場します。
動画では一切触れられていない箇所ですので、是非、本書を手に取ってもらいたいのですが……

日本の古称・美称を「豊芦原瑞穂の国」というのは、誰でも知っているでしょうが、「瑞穂の国」に疑問の余地はないとして、「豊芦原」がなぜ美称になるのか、「芦原」に稲作に匹敵するほどの価値があるというのはどういうことなのか? 筋の通った説明を読んだのは、個人的には、本書が初めてでした。
本書の説明が事実だとするなら、神武天皇の正妃が「媛蹈鞴五十鈴媛命」であることも、なるほど納得がいきますし、製鉄という先端技術を持った一族との婚姻が、こちらなどをはじめ、かねて推測してきた「欠史八代」による平和的な影響力拡大の端緒としても意味を持っただろうことも、理解できるようになります。

以上、一冊の内容をすべてこの小稿で紹介しつくすことなどできませんしすべきでもありませんが……
論理破綻しすぎて日本語として読むことさえ不可能なレベルに達している珍説・奇説・謬説の横行する古代史に一石を投じる名著には違いないのではないでしょうか。
私ごときの不正確な要約・紹介などアテにせず、是非、実物を手に取っていただきたく思います。

それにしても……
私はいつも不思議なのですが、記紀をアプリオリに嘘ニダ捏造ニダと決めつける反日勢力の皆さんは、いったい、記紀の制作者たちがそんな嘘で誰を騙そうとしていると思っているのでしょうか? また、騙せるというのでしょうか?
まさか天武天皇ともあろう方が、千数百年も後の私たちを騙そうなどと、気の長い酔狂をお考えになったわけでもありますまい。
記紀の想定読者は、同時代の人々であり、識字層であったはずです。書物というのは貴重品でもあったでしょう。国の正史ともなれば、上流階級の人士でなければ、閲覧することも難しかったのではないでしょうか。
支離滅裂根拠薄弱な嘘八百を、これがわが国の歴史であるぞよ、などと押し付けて、同時代のエリートたちをそんなに簡単に騙すことなど、できるものなのでしょうか?
彼らにとっては、神武天皇の御代も2000年前などではない、たかだか数百年前の出来事にすぎません。事実関係についてめったやたらな嘘をつくことなど、記紀の値打ちを下げるだけの愚行です。大陸の侵略に対して、独立国民国家日本の立場を宣言しなければならなかった天武天皇の御代ならなおさらです。反日勢力が根拠もなく主張する捏造など、もし実施していれば、かえって敵国の失笑を買うだけではありませんか?
そもそも、記紀には多数の豪族・氏族と皇室の縁戚関係が記述されていますが……そこにデタラメが書かれているというのなら、自分たちの名誉にもかかわることですから、臣下の誰もが黙っていないでしょう。
誰もを納得させる記述、とは、すなわち事実以外にないのではないでしょうか。

反日勢力は、GHQの洗脳政策の成功した戦後日本という特殊条件下において、あまりにも平気にあまりにも粗雑な嘘をつきつづけ、あまりにも安易に成功してきたために、そのあたりの感覚がおかしくなっているような気がします。

まあ、そんな嘘に騙されつづけてきたと思えば、現代日本の私たち自身が情けなくもなりますが……
戦争に負けるとは、つまりそういうことなのかもしれません。
古代日本「謎」の時代を解き明かす―神武天皇即位は紀元前70年だった!
古代日本「謎」の時代を解き明かす [ 長浜浩明 ]
posted by 蘇芳 at 02:45| 「日本書紀」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする