2016年06月01日

【DVD】昭和天皇地方御巡幸 ( 下 )


上巻に続きまして、下巻です。
昭和天皇地方御巡幸 ( 下 ) 昭和天皇 香淳皇后 KCWD-8105 [DVD]
収録内容は、
1. 昭和天皇地方御巡幸 4 「大和路にお迎えして」昭和26年 ( 約25分 )

2. 「天皇陛下独立を御報告」昭和27年 ( 約6分 )

3. 「天皇皇后両陛下伊勢路へ」昭和29年 ( 約3分 )

4. 昭和天皇地方御巡幸 5 「ニュース映画北海道版」昭和29年 ( 約2分 )

5. 「両陛下阿寒湖から札幌へ」昭和29年 ( 約2分 )

6. 「両陛下をお迎えして」昭和29年 ( 約9分 )

7. 「港都小樽に両陛下をお迎えして」昭和29年 ( 約6分 )

8. 「天皇皇后両陛下をお迎えして」昭和32年 ( 約9分 )
チャプターは多いですがトータルの収録時間は上巻より短いです。
例によって音声はBGMとナレーションのほか、奉迎する国民の歓声が聞こえる程度です。
わずかに工場ご視察と未亡人ご接見のときの玉音の一部が収録されているようです。

昭和26年9月8日はサンフランシスコ条約締結の日、昭和27年4月28日は発効の日です。
批准を急ぐ政府は奈良県行幸中の陛下の元へ内閣官房副長官を派遣し、批准書に御名・御璽を頂戴しました。
チャプター1「大和路にお迎えして」にはまさにこのときの奈良県行幸に取材したもので、上の事情への言及もあります。
そしてチャプター2「天皇陛下独立を御報告」は、こうして達成された主権回復をご奉告されるため、伊勢神宮をご親拝されたときの模様です。

左翼売国思想に毒された戦後の世相では、8月15日は歪んだ形でクローズアップされてきましたが、肝心の主権回復の日付を銘記する風潮はないにひとしかったのではないでしょうか? サンフランシスコ講和条約と同時に日米安保条約も批准されていますので、戦後売国左翼にとって、「9月8日」はむしろ反日闘争の文脈で記憶されてきたのかもしれません。

また、皇室の伝統が「まず神事、後、他事」であることは、まっとうな日本国民ならすべからく熟知しておくべき事実ですし、昭和天皇もことのほか祭祀にご熱心だったことは広く知られているはずですが……
宮中祭祀が国民の目に触れないことは仕方ないとして、昭和天皇が神社に御親拝になるお姿というのは、昭和生まれの私たちの記憶に、どれくらい焼き付いているでしょうか?
国民に手を振ってお応えになる天皇、記者の質問にお答えになる天皇、慰霊祭に、植樹祭に、国民体育大会にお臨みになる天皇、ご家族とおくつろぎになる天皇、海洋生物を収集される天皇……それらの映像や画像に比して、不可解なほど神々にお祈りになる天皇のお姿は、記憶に残っていないような気もします。

これは、当時、左翼洗脳状態にあった私個人が見ようとしていなかったということでもあるかもしれませんし、神域にはカメラが立ち入りにくいという事情もあったかもしれません。しかし、やはり幾分かは、反日メディアの歪曲・隠蔽の類もあったのではないか、と、感じられなくもありません。
伊勢神宮ひとつをとっても、昭和3年の即位大礼をはじめ、昭和15年、昭和17年、昭和20年、昭和27年、昭和29年、昭和37年、昭和46年、昭和49年、昭和50年、昭和55年、と、先帝陛下は10回以上御親拝になっています。
にもかかわらず、玉砂利の参道をお歩きになり、神官の浄めを受けて神前へお進みになる昭和天皇のお姿に、ある種の「新鮮さ」を感じてしまったのは、戦後生まれの私が、それだけ、左翼メディアに洗脳されていたということなのかもしれません。

「平和ニッポン」の「民主的天皇」だの「人間天皇」だの、日本は「生まれ変わった」だのという戦後メディアの言説が大嘘だということが、理屈ではなく肌で実感できる映像でした。
戦前も戦後も、天皇は何一つ変わらず「天皇」であらせられたのではないでしょうか。
戦後、売国左翼のデマゴギーによって「人間宣言」なるレッテルを貼られている昭和21年の詔書をよくよく読めば、天皇と国民の関係は有史以来(この終戦を経ても)何一つ変わっていないから安心せよ、と、先帝陛下は本当は仰せになりたかったのではないでしょうか。

日本の主権回復、条約批准に天皇の署名が必要であること、天皇と祭祀。
「日本を取り戻す」うえで、忘れてはならないはずのさまざまな記憶が、刻印されている映像だったように思います。
(熱田神宮御親拝の模様を収録したチャプター8「天皇皇后両陛下をお迎えして」も、同様です)

もちろん、映画自体は、御巡幸の足取りを淡々と追う(というより羅列する)だけの、味もそっけもない構成ですが……
ある程度の予備知識を持ったうえで見るなら、当時の生の映像には、やはり、貴重な史料的価値があるのではないでしょうか。

御巡幸にはさまざまなエピソードが伝わっており、中には有名なものや感動的なもの、ユーモラスなものもあります。
御巡幸についての書籍などと合わせて鑑賞すれば、あのエピソードの舞台はここか、という興味でもって見ることもできるかもしれません。
たとえばチャプター3「天皇皇后両陛下伊勢路へ」には、ミキモトの真珠養殖場ご視察が含まれています。
当時93歳の御木本幸吉翁、これが人生最後の名誉、と、一か月前からお出迎えの準備を進め、奉迎のスピーチをくりかえし練習・暗記していたと言いますが、いざ陛下のお姿を目にすると感極まって頭が真っ白になり、かねて用意のスピーチなどどこかへ吹き飛んでしまったと言います。そして思わず翁の口をついて出てきたのが、「あんた、よく来てくださりました。ありがとう、ありがとう」という言葉だったとか。
臣下から「あんた」と呼びかけられたのは、陛下もこれが最初で最後、さすがに面食らわれたといいますが、……同時に、それこそは裏も表もない真情から発する国民の歓迎の言葉でもあったわけで、御巡幸のなかの微笑ましい一幕となったようです。

本DVDに収録されているのは、全国御巡幸のごく一部にすぎないことは確かです。
物足りない、少なすぎる、と、言えば言えるかもしれません。
しかし、何もないよりははるかにマシでしょう。
記録映画のナレーターが、天皇陛下を「奉迎」する国民の「熱誠」などという言葉を、堂々と口にすることのできた時代の映像を、その一部なりと、ぜひ直接鑑賞してみていただきたいと思います。

なお、この下巻に収録された、奈良県、三重県、北海道、愛知県御巡幸に関係する御製には、
奈良県 昭和二十六年
大き寺ちまたに立ちていにしへの奈良の都のにほひふかしも
古の奈良の都のをとめごも新しき世にはた織りはげむ
空高く生ひしげりたる吉野杉世のさま見つついく代へぬらむ

三重県 昭和二十六年
色づきしさるとりいばらそよごの実目にうつくしきこの賢島
美しきあごの浦わのあまをみなとりし真たまは世にぞかがやく
はり紙をまなぶ袋のいとほしもさとりの足らぬ子も励みつつ
きよらなる家にすまひてよるべなき老人もまたうれしかるらむ

昭和二十七年 平和条約発効の日を迎へて
風さゆるみ冬は過ぎてまちにまちし八重桜咲く春となりけり
国の春と今こそはなれ霜こほる冬にたへこし民のちからに
花みづきむらさきはしどい咲きにほふわが庭見ても世を思ふなり
わが庭にあそぶ鳩見ておもふかな世の荒波はいかにあらむと

伊勢神宮 昭和二十九年
伊勢の宮に詣づる人の日にましてあとをたたぬがうれしかりけり

北海道 昭和二十九年
浜の辺にひとりおくれてくれなゐに咲くがうつくしはまなすの花
みづうみの面におつりて小草はむ牛のすがたのうごくともなし
えぞ松の高き梢にまつはれるうすももいろのみやままたたび
水底をのぞきて見ればひまもなし敷物なせるみどりの毬藻
なりはひにはげむ人々ををしかり暑さ寒さに堪へしのびつつ

愛知県 昭和32年
あさがすみたなびく海に竹島のかげをうつせる宿の見わたし
ひき潮の三河の海にあさりとるあまの小舟の見ゆる朝かな
などなどがあるようです(鈴木正男「昭和天皇のおほみうた―御製に仰ぐご生涯」)。
昭和天皇地方御巡幸 ( 上 ) 昭和天皇 香淳皇后 KCWD-8104 [DVD]
昭和天皇地方御巡幸 ( 下 ) 昭和天皇 香淳皇后 KCWD-8105 [DVD]
昭和天皇巡幸―戦後の復興と共に歩まれた軌跡
昭和天皇の御巡幸
写真集 昭和天皇巡幸 ---昭和二十一年〜二十九年
昭和天皇の全国巡幸 昭和21年~29年 (第1巻) 全国編
ラベル:天皇 昭和天皇
posted by 蘇芳 at 01:54| 昭和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする