2016年05月25日

【動画】「掟破りの逆15年戦争」第14回 満洲事変


チャンネルくららから「掟破りの逆15年戦争」、最終回。



動画概要:
2015/06/14 に公開
1931年7月~12月 無秩序状態の中華民国で邦人虐待が相次ぎ、満洲事変へ!
戦後70年特別企画!~「説教ストロガノフ」掟破りの逆15年戦争~ (協力:PHP研究所)戦争責任とは敗戦責任である。
『説教ストロガノフシリーズ』好評発売中!http://goo.gl/dpztcf
8月15日の終戦の詔勅(玉音放送)から時計の針を戻して、どうすれば勝てたのか、対­米開戦を避ける事が出来たのかを考えましょう!

記憶違いだったか、直接「二二六」の単語は出てきませんでしたが、動画で言われている「ポイントオブノーリターン」がどこだったかは、シリーズを通して見れば明らかだろうと思います。
人気の集まった「真っ赤かな人たち」が内ゲバのあげくついに陸軍を牛耳るようになったのが二二六事件。
GHQや反日勢力という「真っ赤かな人たち」がその真相を歪め続けて70年、いまだに当時の共産主義者の害悪が理解され切るに至っていないというのが、現状ではないでしょうか。

戦後レジームの脱却気運のおかげで、西欧植民地主義の邪悪については声高に語られるようになってきましたが、その一方で、ソ連がアジアで、シナ大陸で何をやっていたかというのは、未だにクローズアップされる機会が少ないように思います。
蒋介石は西安事件でソ連の傀儡になりましたが、そこへ至るにはそれなりの前史があり、ソ連・コミンテルン・スターリンが大陸でどれほど好き勝手をやっていたかというのは、きちんと理解しておく必要があると思います。
西安事件以前は、抗日なんぞどうでもいい、敵は共産党だ、とやっていたのが蒋介石ですからね?
シナ大陸への「革命の輸出」のために日本をスケープゴートにしようとしたのが大陸におけるソ連といってもいいかもしれません。
そしてソ連の傀儡と化した蒋介石が日本に仕掛けてきた侵略戦争が第二次上海事変。
その事変を戦争に拡大し、しかし宣戦布告せず(交戦国としての権利を確保せず)、「対手トセズ」声明を発して長期化泥沼化して、日本を滅ぼし敗戦革命を起こそうとしたのが、ゾルゲグループであり近衛内閣という……少なくともそれもあの大戦の一面だということは、押さえておく必要があるのではないでしょうか。

そういう「アカ」につけ入る隙を与えたものこそ、政党政治の堕落であり、「学歴エリート」の不甲斐なさだったのかもしれません。
前回、先回りしてふれておいた、国連における「おいしい」立ち位置や、リットン報告書の内実についても、動画ではさらっと触れられていましたが、それを台無しにしたのが、明治生まれの学歴官僚、というのも、重大な指摘なのかもしれません。

明治の人はエラカッタ、と、よく言われますが……
そこでイメージされる明治人の多くは、実は、江戸時代の人でもあります。
明治天皇御自身が、当然、江戸時代に御降誕あそばされたわけですからね。
「明治の偉大」を否定する必要はさらさらありませんが、それが根本において「江戸の遺産」に多くを負っていたことも、忘れてはならないことのように思います。
経済で読み解く大東亜戦争
お役所仕事の大東亜戦争
全文リットン報告書
シナ大陸の真相―1931‐1938
posted by 蘇芳 at 00:47|  L 「掟破りの逆15年戦争」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする