2016年05月20日

【動画】丹生川上神社下社


「日本書紀」や「続日本紀」など日本の正史を読んでいると、当然、いくつもの神社が登場するわけですが。
伊勢、出雲、三輪山など、記紀の本筋、国の根幹にかかわる社は別格として、それ以外にも、何度もくりかえし名前が登場して、印象に残る神社というのはあります。
こちらでふれた広瀬大忌神・竜田風神の二社はもちろん、こちらでふれた丹生川上神社などもそうですね。
それだけ創祀が古く、由緒ある神社ということかと。
平安時代に定められた、十六社~二十二社にも、しっかりその名が含まれています。



動画概要:
2013/04/04 に公開
我欲から解き放たれ、あるがままの自分と出会う水のふるさとがあります。

監督・ナレーション 河瀨直美
音楽 ハシケン

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日本最古の水神様が鎮座されている地、丹生川上神社下社(にうかわかみじんじゃしもし­ゃ)

吉野郡下市町は、吉野川、秋野川、丹生川の美しい清流と緑の山々に彩られた自然豊かな­町です。
丹生川の上流にある丹生川上神社下社は、イザナギノミコトとイザナミノミコトの子神ク­ラオカミノカミを御祭神として祀る神社で、日本最古の水神様が鎮座されている地として­尊ばれてきました。丹生川上神社の歴史は古く、天武天皇の御代白鳳4年(676年)に­「人声の聞こえざる深山に宮柱を立て祭祀せば、天下のために甘雨を降らし、霖雨を止め­む」との信託を受けて創立されたと伝えられています。
祈雨・祈晴の神として朝廷からも厚い崇敬を受け、雨を乞う時には黒馬が、晴れを乞う時­には白馬が献上されました。
「人生は、福の神ばかりに出会うわけではない」と語る人々。時にやさしく、時に厳しい­自然と向き合って生きてきたからこそ、この地の人々はあらゆるものに感謝し、人と人と­の絆を大切にしてきました。
悠久の清らかな流れは、私たちの我欲を洗い流し、あるがままの姿に気づかせてくれます­。

Present by 奈良県(制作2013年3月)

丹生川上神社といっても、上社と下社、そして現在では中社があり、いずれも創建年代ははっきりしないほど古い神社だそうです。
ただ、「日本書紀」には、皇紀前3年、神武天皇東征のさなかに、
厳瓮を造作りて、丹生の川上に陟りて、用て天神地祇を祭りたまふ。
との記述があります(岩波文庫版の注によればこれは現在の中社の付近だそうです。本当かどうか知りませんが)。
いずれにせよ、神武天皇即位以前から祭祀の庭だったのが「丹生の川上」の一帯だったわけでしょうから、相当な由緒です。
天皇が祭祀を行われた、ということも「ゆかり」と言っていいのなら、神武天皇ゆかりの神社のなかで、最も古いもののひとつに数えることができるのかもしれません。
神武天皇は、即位の地・橿原でも、当然、祭祀を行っておいでなわけですが、その地に橿原神宮が創建されたのが明治になってからであることを思うと、2000年の時間差があるわけです。

古ければいいというわけでもありませんが……
長い時を経た、という、そのこと自体に、特別な厳粛さを感じるのも自然な感情というものでしょう。

神武天皇の御代にすでに祭祀の記憶があり、天武天皇のころには「神社」として創建されていた可能性が高く、奈良時代を通じて尊崇され、平安時代以降は二十二社に数えられた丹生川上神社には、忘れてはならない日本の遠い記憶が込められているのかもしれません。
日本書紀〈1〉 (岩波文庫)
日本書紀(上)全現代語訳 (講談社学術文庫)
古事記 (上) 全訳注 (講談社学術文庫 207)
丹生川上神社考
心の荷物をおろす場所
posted by 蘇芳 at 00:38| 神道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする