2016年05月16日

冒涜された大嘗祭


これまでに見てきたように、孝謙・称徳天皇の御代には、臣下はもちろん、数多くの皇族が犠牲になりました。
廃帝(淳仁天皇)が退けられてから、天皇の身内で人望のある人々の多くは無実の罪をかぶせられ、日嗣の位はついに絶えそうになった。(宇治谷孟訳、以下同じ)
と正史にあるように、讒言・冤罪も横行し、
太師(藤原仲麻呂)が誅されてからは、道鏡が権力をほしいままにし、軽々しく力役を徴発し、努めて伽藍を修繕させたりした。このため公私ともに疲弊し、国の費用は不足した。政治と刑罰は日増しに厳しくなり、殺戮がみだりに行われるようになった。それで後日この時代について言う者は、無実の罪がたいそう多かったと言った。
とあるように、佞臣の跳梁がもたらした悪政は、もはや恐怖政治の様相を呈していたようです。

しかしながら、ただ「それだけ」であったならば、奈良時代がこれほど異常な時代になることはなかったのではないでしょうか。

讒言・冤罪によって、あたら有為の忠臣が失われたことはこれまでにも一再ならずありました。
かの偉大なる天智天皇でさえ、こちらで見たように蘇我倉山田石川麻呂を冤罪で失っておいでになります。
皇族相互の殺戮がくりひろげられた時代といえば、根使主の讒言に端を発する、安康天皇・雄略天皇の御代があったことは、こちらで見た通りです。
佞臣の跳梁といえば、こちらをはじめとして「日本書紀」後半の重要テーマである、崇峻天皇弑逆の大逆人・蘇我馬子の例がありました。

しかし、それらの事件に関係された天皇を「天皇」として仰ぎたてまつることに、不自然さや躊躇、抵抗などを感じることは(日本人なら)ほとんどないでしょう。こちらで述べた通り、「天皇」であらせられることは、個人的な能力の如何によるのではありません。すべての天皇が例外なく優れた政治家であらせられる、などということは、現実的にありえないでしょうし、過ちや間違いや失敗をおかされた天皇もいらっしゃるでしょう。天皇が「天皇」であらせられることの根拠は、世俗の「政り事」にはなく、神聖な「祭り事」にこそあるのではないでしょうか。政治的な過ちをおかされた天皇であらせられても、皇室の祭祀を守りつづけてくださるかぎりにおいて、天皇はまちがいなく「天皇」であらせられるのです。

では、天皇の天皇たる所以とも言うべき、その神聖な祭祀を、御自ら蔑ろにされる、どころか積極的に「冒涜」さえされる「天皇」が、もしも、万一、出現せられたとしたら……?
奈良時代最後の女帝の御代の「異常性」は、単に政治的観点から論じるだけでは、了解不可能なもののように思います。

「仏教が悪い」
「道鏡が悪い」
そう片づけることは簡単です。

こちらをはじめとして、折に触れて書いてきたように、「死後の救済」に軸足を置く仏教と「現世の生命」を神聖視する神道には、本質的に相いれないものがあります。
まして奈良時代に猛威を振るった神身離脱説や護法善神説が、後の本地垂迹説などとは比較にならないほど有害邪悪な妄説であったことはこちらで述べた通りです。

それでも、なお、すでに感染してしまった思想ウィルスを完全除去することは事実上不可能でしたでしょう。
崇仏派の蘇我氏を誅滅された天智天皇も仏教を弾圧や禁教されたわけではありませんし、藤原広嗣は「玄昉」を排除せよと主張しただけで仏教を亡ぼせと言ったわけでもなく、「道鏡」を除けと主張した藤原仲麻呂もその点は同様です。仲麻呂に関しては、慈訓を少僧都に任命するなど、仏教政策も行っています。

称徳天皇の御代の異常性は、単に悪僧個人の問題でもなければ、単に仏教それ自体のみの問題にとどまるものではないのではないでしょうか。

では、何が本当に重大な問題だったのかといえば、残念ながら、天皇ご本人の思想汚染であったとしか、言いようがないように思われます。

称徳天皇の大嘗祭は、異常でした。

皇紀1425年(天平神護元年)十一月十六日、
しかしこの度がいつもと異なっているのは、朕が仏弟子として菩薩戒を受けているということである。このために上は三宝にお仕えし、次に天つ神の社・国つ神の社の神々を敬い申し上げ(後略)
人々は神々を仏からひき離して、仏に触れてはならないものと思っている。しかし経典を拝見すると、仏法を守り尊敬し奉っているのは、諸々の神たちであられる。それ故に出家した人も、白衣の賊人も互いに入りまじって、神にお仕えするのに、どうして差し支えがあろうと思う。もと僧が大嘗祭に関係することを忌んだようには忌まないで、この大嘗祭の行事はとり行なわせる、(後略)
女帝の信仰の順序は、まず「三宝」、天神地祇はその「次」でしかありません。
「諸々の神たち」は「仏法を守り尊敬し奉っている」と、途方もない決めつけをされていますが、その根拠は「経典」という仏教側の一方的な捏造文書にすぎません。
そしてその独りよがりな仏教側の妄説にもとづいて、「もと僧が大嘗祭に関係することを忌んだ」という日本古来の伝統を踏みにじって行われたのが、よりにもよって皇室の重儀・大嘗祭なのです。

また、神身離脱説や護法善神説の猖獗した奈良時代においてさえ、伊勢神宮と皇室においては、神仏分離が維持されたこと、唯一の例外が他ならぬ称徳天皇の御代だったことも、こちらで見た通りです。
皇紀1426年(天平神護2)、「続日本紀」には、
七月二十三日 使いを遣わして伊勢大神宮寺(寺跡は多気郡多気町相鹿瀬にある)に丈六の仏像を造らせた。
とあります。

これはもはや天皇自身による、神道・皇室の破壊、国体の否定としか言いようがない事態です。
応神天皇に仏弟子の汚名が着せられた聖武天皇の御代でさえ、これほどの涜聖が行われたことは、さすがになかったのではないでしょうか。

上でも述べた通り、御歴代の天皇は仏教を弾圧されたわけでも禁教されたわけでもありません。
しかし、それはあくまで仏教の国家による「管理」だったのではないでしょうか。
推古天皇にはじまる仏教政策のそもそもの目的が、「犯罪取り締まり」だったことは、こちらで確認した通りです。
「日本」が仏教をコントロールすることこそが積年の課題だったのであって(その代表例が、本地垂迹説の新仏教を以て、神身離脱説・護法善神説の奈良仏教に対抗させられた桓武天皇でしょう)、「仏教」に日本を支配させることが目的となってしまっては、完全に本末転倒です。

奈良時代の政争については、藤原氏を中心に「唯物的」に見る俗説が根強いですが、御自ら国体の破壊を企図された女帝の異常性を無視して、この時代を語ることに意味はないのではないでしょうか。また、称徳天皇を最後に、以後八百年以上にわたって女帝の即位が見られなくなっていくことの根本の理由も、理解できなくなるように思います。

天皇自身による国柄の破壊、天皇が「天皇」であることの根拠に対する冒涜、天皇の思想的自殺。
それこそがこの時代の異常なまでの禍々しさの根本の原因であって、単に「仏教」や「道鏡」にとどまる問題ではないのではないでしょうか。
何となれば、国体の破壊をもたらしうる思想ウィルスは、仏教以外にも、他にいくらでもありうるのですから。
キリスト教、イスラム教、共産主義、自虐史観……もしも万一まかりまちがって天皇がこれら思想ウイルスに感染してしまわれたとすれば、天皇御自らが外観誘致の尖兵となりはててしまわれるのかもしれません。称徳天皇の御代には、それが100%完全にありえないことではないかもしれない、という、恐るべき先例こそを見るべきなのかもしれません。

日本は宗教的にチャランポランであり、そのいいかげんさを自慢する向きもあります。
神道と仏教が争わず共存していることこそ日本文化の寛容性という名の美徳である、というやつですが……
そういうことは、「日本書紀」「続日本紀」を読んだうえで、神身離脱説・護法善神説から本地垂迹説への転換、根葉果実説・吉田神道・儒家神道への発展という、実に千数百年に及ぶ思想的闘争の歴史を経てようやく明治の廃仏毀釈に至った。にもかかわらずGHQの神道指令と反日勢力の妄動が戦後日本を狂わせ続けてきた、という歴史を踏まえてから、言うべきことではないでしょうか。

仏教でさえ1000年の闘争を必要としたのです。
仏教よりはるかに凶暴なキリスト教に対しては、豊臣・徳川による禁教という叡知を必要としました。
また、イスラム教については、日露戦争後、各国のムスリムが日本を「改宗させて」リーダーにしよう、という身勝手な主張を本気で妄想していたことにこちらで軽く触れました。
当時は実際に多数のムスリムが「布教」のために日本を訪れていますし、そうして訪日したムスリム活動家の中には、ありもしない「宗教会議」が日本で開かれただの、キリスト教者を論破したムスリムがその非実在会議で日本人から喝采されただの、明治天皇の「改宗」は近いだの、といったデマを積極的に書き散らした恥知らずが実在したことも覚えておくとよいと思います(ソースは平間洋一「日露戦争が変えた世界史―「サムライ」日本の一世紀」)
まして、共産主義や媚中・親韓などの反社会的カルトに対して、「寛容の美徳」などと言っている場合ではありません。

1000年前の「国体」の危機の禍々しい本質を理解することは、今なお、重要な意味を持ち続けているのではないでしょうか。
歴代天皇で読む 日本の正史
続日本紀(中) 全現代語訳 (講談社学術文庫)
続日本紀(下) 全現代語訳 (講談社学術文庫)
わかりやすい神道の歴史
日露戦争が変えた世界史―「サムライ」日本の一世紀
国体に対する疑惑
侵略の世界史―この500年、白人は世界で何をしてきたか (祥伝社黄金文庫)
韓民族こそ歴史の加害者である
資料集 コミンテルンと日本共産党
戦後日本を狂わせたOSS「日本計画」―二段階革命理論と憲法
共産主義黒書〈ソ連篇〉 (ちくま学芸文庫)
日本は天皇の祈りに守られている
天皇の祈りはなぜ簡略化されたか
皇統断絶―女性天皇は、皇室の終焉
皇統断絶計画-女性宮家創設の真実 (チャンネル桜叢書)
posted by 蘇芳 at 01:54| 「続日本紀」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする