2016年03月25日

【動画】「掟破りの逆15年戦争~戦争責任とは敗戦責任である」第7回 近衛新体制と大政翼賛会


チャンネルくららから「掟破りの逆15年戦争」、第7回。



動画概要:
2015/05/23 に公開
1940年7月 近衛新体制と大政翼賛会~「近衛文麿さんなら強い政治ができるんじゃないか?」そして­大東亜共栄圏構想へ・・
戦後70年特別企画!~「説教ストロガノフ」掟破りの逆15年戦争~ (協力:PHP研究所)戦争責任とは敗戦責任である。
『説教ストロガノフシリーズ』好評発売中!http://goo.gl/dpztcf
8月15日の終戦の詔勅(玉音放送)から時計の針を戻して、どうすれば勝てたのか、対­米開戦を避ける事が出来たのかを考えましょう!

個人的な考えですが、こちらで書いた通り、「八紘為宇」は本来、「国民国家」の理念であると思います。
したがって、国内の統一≒内政にかかわるスローガンであって、対外戦争≒外交に持ちだすべきものではありません。
そういう意味で、この時期の八紘一宇のスローガンが歪んだ物、悪用されたものだったことは事実かもしれません。
しかし、それならば、そのような歪曲から八紘為宇の本来の意味を「取り戻せ」というべきであって、八紘為宇という言葉自体を「使うな」、という動画の主張は、誤りであると思います。

私たちは、「八紘為宇」を「本来」の「正しい」意味で、大いに使うべきではないでしょうか。
(そのためにもキチンと日本書紀を読むべきなのだと思います。また、日本書紀を含む日本の古代史そのものを反日勢力の捏造・歪曲・隠蔽から「取り戻」さなければならないのではないでしょうか)

八紘為宇の真意を歪曲し、悪用した「近衛新体制」が何者であったかは、共産主義関連の記事で縷々述べてきたとおりです。
こちらで述べたように、「アジア主義」の素朴な理想を、共産主義の邪悪な野望で乗っ取り、利用する上で、八紘為宇の精神もまた道具にされてしまったのでしょう。

上杉慎吉の「天皇主権論」など、愛国者にとって耳触りのいい表現こそ、実は売国左翼の格好の道具であり、ぺてんのツールであったことは、歴史の教訓として押さえておくべきだと思います。
こちらで述べた通り、明治憲法は、そもそも国家の「主権」が天皇個人に帰することを否定することから始まっているように、私には思われます。
天皇はドイツ流の「専制君主」ではなく、英国流の「立憲君主」であり、国家の主権はあえていうならコモン・ロー≒「祖宗の法」にこそ帰属し、天皇といえどそのコモン・ローの命令に服従すべき存在である、との観念を天皇御自ら成文化された(明治憲法は欽定憲法です)のが、帝国憲法だったのではなかったでしょうか。
「天皇主権」という耳触りのいい言葉で立憲体制の根本的破壊を目論む上杉は、むしろアナーキストとでも言うべき思想家だったように思います。
昭和天皇が上杉ではなく美濃部の説をこそ是とされたことは、まさしく「叡慮」と申し上げるに足る御見識でした。

なお、その同じ昭和天皇は、近衛新体制について、
「このような組織をつくってうまくいくのかね。これでは、まるで、むかしの幕府ができるようなものではないか」
と批判されたことが、迫水久常「大日本帝国最後の四か月: 終戦内閣“懐刀”の証言 (河出文庫)」に証言されています。
近衛は慌てて大政翼賛会発足の辞の草稿を破り捨て、内容を大幅にやわらげ、真意のカモフラージュに努めたと言います。
その「真意」がどういったものであったのかは、当時の日本の「北朝鮮状態」から推して知るべきでしょうし、こちらこちらなどなどで考察してきたことからしても明らかであろうと思います。

対米開戦後の、いわゆる「東條幕府」と揶揄される戦時体制は、実は本来「近衛幕府」として準備されたのであり、共産売国奴の描いた絵図にうかうかと乗せられた軍官僚の「野合」によって、実現したものだったのではないでしょうか。
なお、統制派の理論的指導者とされる池田純久は、孫引きで恐縮ですが、戦後になってから、次のように証言しているといいます。
「一君万民の社会主義天皇制を念願したことは、意識すると否とに拘らず明白な事実である。国家統制経済を採用し、農魚山村経済に力を注ぎ、その疲弊を救う」(『別冊知性』昭和三一年一二月号 河出書房)
戦後の歴史歪曲においては、大雑把に「軍部」と一括され、責任を転化されている陸軍のなかで、真の左翼売国奴が誰と誰であったのか、左翼売国奴に騙され、踊らされたのが誰であったのか、正しく見極める必要があるのではないでしょうか。
たとえば、統制派の永田鉄山などは、皇道派・荒木貞夫の腹心であった小畑敏四朗の「対ソ作戦計画」を「予防戦争であると非難し、ソ連に勝つためにはまず総動員体制によって国力を充実させ、国家全体を丸ごと戦争ができる体制に改造する必要があると主張」した、と前掲の別宮暖朗「帝国陸軍の栄光と転落 (文春新書)」は描写しています。
その「改造」の内実が、池田の証言するとおり「社会主義天皇制」の確立を意味するのだとしたら、「ソ連に勝つため」という耳触りのいい理由付けは、ペテン・口実の類以外の何物でもなかったことになるのではないでしょうか。
この統制派が皇道派を排斥し、実権を握る結果になったのが、二二六事件であったことは、覚えておくべきだと思います(先回りして言っておくと、この動画シリーズの最終回、終着点が、まさに二二六事件です)

前回書きましたが、東洋の日本と、欧州の国とが同盟を結ぶのなら、当然、その間に横たわるソ連を「挟撃」することをこそ念頭におくべきでした。
そうはさせまい、させまい、とした、獅子身中の虫が何者であったのか、戦後の左翼捏造自虐史観を打破せよというのなら、その真実をこそあきらかにすべきではないでしょうか。
大日本帝国最後の四か月: 終戦内閣“懐刀”の証言 (河出文庫)
帝国陸軍の栄光と転落 (文春新書)
近衛文麿の戦争責任
戦争と共産主義 (呉PASS復刻選書12)

追記:
ソ連の軍事力については、ノモンハンの真相も含めて、いろいろ明らかになっているようです。
スターリンが有能な軍人を次々に粛清したため、赤軍は完全に弱体化していました。
フィンランド冬戦争の歴史は、日本人にもっと広く知られていいものだと思います。
(冬戦争の歴史を多少なりとも知ってしまうと、この期に及んで日本は何をやっているのかと、歯がゆくなります)
地理的にソ連とドイツの板挟みになっていた北欧・東欧の国々の多くが、枢軸同盟に参加していたこと≒日本の同盟国だったこと、ヤルタ密約の結果、それら国々の多くが、スターリンに売り渡されたこと、そして、後に米国のブッシュ大統領がラトビアでの演説で「ヤルタ合意」を「史上最大の過ちの一つ」だと強く非難したこと、などなどは、もっと注目されてよいのではないでしょうか。
posted by 蘇芳 at 01:59|  L 「掟破りの逆15年戦争」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする