2016年03月17日

【動画】「掟破りの逆15年戦争~戦争責任とは敗戦責任である」第5回 第三次近衛内閣

    

チャンネルくららから「掟破りの逆15年戦争」、第5回。



動画概要:
2015/05/16 に公開
1941年7月~9月、ついに第3次近衛内閣まで時計の針を戻します!
戦後70年特別企画!~「説教ストロガノフ」掟破りの逆15年戦争~(協力:PHP研­究所)
『説教ストロガノフシリーズ』好評発売中!http://goo.gl/dpztcf
8月15日の終戦の詔勅(玉音放送)から時計の針を戻して、どうすれば勝てたのか、対­米開戦を避ける事が出来たのかを考えましょう!

大東亜戦争は植民地解放のための戦争だった――そのこと自体は、事実において否定する必要はさらさらないと思います。
その事実を隠蔽し歪曲し捏造してきた左翼売国奴は万死に値します。

しかし、当時、植民地所有国というのは、そもそも、どことどこだったでしょうか?
まず第一に、英国であり、オランダであり、フランスだったのではないでしょうか?
では、米国は?
米国がアジアに持っていた植民地といえば、フィリピンくらいではなかったでしょうか。
ハワイも米国が盗んだようなものですが、米国に併合されてしまっていたので、もはや植民地ですらありません(日本にとって台湾・朝鮮が植民地ではなかったのと同様に……というと明治日本に失礼ですが)。
実際、日本も、ハワイを占領してカメハメハ王朝を復興させる(ハワイ解放)など、やっていません。
それどころか、文字通りの一撃離脱、戦艦だけ沈めて米国世論に火をつけただけです(肝心の空母も取り逃がしましたし)。

対英蘭戦争=大東亜戦争が植民地解放戦争だったというのは結果的に事実だったとしても、
対米戦争=「太平洋戦争」は、では、何のための戦争だったのか?
そこを同列に扱ってしまうと、判断を誤るのではないでしょうか。

左翼は「支那事変」と「太平洋戦争」に「十五年戦争」という計算の合わないレッテルを貼って歴史を捏造しています。すなわち「大東亜戦争」を黙殺・隠蔽していますが。
かといって、「支那事変」「対米戦争(太平洋戦争)」「対英蘭戦争(植民地解放戦争)」をすべてひっくるめて「大東亜戦争」にしてしまい、なおかつ、対戦相手としては米国のみを強調する偽装右翼も、少々乱暴なのかもしれません。

植民地解放戦争≒大東亜戦争にかんしては、日本はインパールで大敗を喫するまでは、ほとんど連戦連勝です。
動画で言われているとおりフランスは開戦前に降伏していましたし、英国の植民地は次々に解放しましたし、レパルスもプリンスオブウェールズも撃沈。オランダごときは9日でインドネシアから駆逐しました。
インパール作戦でさえ、結果的に敗北したとはいえ、当の英国側の分析によれば、日本が勝つ方法はいくらでもあったとも聞きますし、また、チャンドラ・ボースたち自由インド仮政府に、多大の影響を与え、インド独立へのモメンタムの発端となったという点では、無意味ではなかったとも言えるでしょう。
フランス領インドシナでさえ、大東亜会議以降は武力処分に踏み切り、各国の独立の端緒を切り開きました。
植民地解放戦争≒大東亜戦争にかんしては、日本は、英蘭(仏)に対して、ほとんど勝利を収めたとさえ、言って言えないことはないのかもしれません。

問題は対米戦争です。

上の動画に見る通り、(共産売国奴の底意は別にして)、対米開戦を本気で主張した人物自体、ほとんどいません。
もちろん「植民地フィリピン解放のため」に米国を叩け、などと主張した人物も、いなかったのではないでしょうか(つまり対米戦争は聖戦史観では説明しきれない)。
松岡洋右の対米「強硬」論でさえ、あくまで「強硬論(高飛車に出て相手のほうを妥協させる)」であって、「開戦論」ではなかったようです(米国相手にそれが可能だと考えたこと自体、山本五十六と同じ方向でトチ狂っていたとも言えますし、自分が主役になれないからといってへそを曲げたり、親独すぎたり、と、褒められたものではないとおもいますが)。
米国を仮想敵国としていた海軍でさえ、本気で開戦する気などなかったことは、これまでつとに述べてきましたし、動画でも言われているとおりです。
もちろん、陸軍の仮想敵はソ連であり、最優先課題は終始一貫「支那事変」の解決でした。

いったい、誰が日米戦争を望んだのか?
といえば、ルーズベルトであり、近衛文麿であり、尾崎秀実たち共産売国奴であり、要はスターリンだったことは、今となっては明白でしょう。
【動画】共産主義者の大東亜戦争責任(1/3)
【動画】共産主義者の大東亜戦争責任(2/3)
【動画】共産主義者の大東亜戦争責任(3/3)
スターリンの傀儡・蒋介石によって支那事変が引き起こされ、
(日米両国の)共産主義者の扇動によってその戦争が拡大され、
その結果として、「対英蘭戦争」「対米戦争」が惹起された、
と、まずは整理できるのではないでしょうか。
つまるところ、日本は同時に三つの戦争を戦っていた、わけです。

対英蘭戦争≒植民地解放戦争≒大東亜戦争の主役は、陸軍でした。
対米戦争≒太平洋戦争の主役は、本来、海軍であるはずだったでしょう。
しかし、ミッドウェー以降、海軍が壊滅するにつれて、矢面に立たされ、大変な辛酸をなめさせられたのは、結局のところ、孤島に取り残された陸軍であり、民間人でした(ペリリュー島・中川州男、硫黄島・栗林忠道、沖縄・牛島満麾下、陸軍の奮戦敢闘ぶりはまさに鬼神を泣かしめるものがあったでしょう)。
諸悪の根源が左翼売国奴どもだったことはもちろん、それらに踊らされ、動画で言う「下剋上(上下の秩序を顛覆するという意味では「革命」的です)」の激しかった陸軍にも批判されるべき点は多々あったでしょう。
が、上のような事情を見るとき、海軍の責任もまた、陸軍に劣らず、あるいはそれ以上に、重大だったように思います。

そういう意味で、東京裁判史観の愚劣は論ずるにも値しないとしても、聖戦史観も、海軍善玉論も、共に、あの戦争の核心をとらえそこねているように思います。
ただ一つ言えることは、あの戦争の「責任」の追求は、「戦勝国」や戦勝国ですらない第三国などではなく、日本人自身の手によってなされるべきであり、むしろ、その権利を持っているのは日本人だけだということではないでしょうか。
なんとなれば、そもそもの発端になった共産売国奴の犯罪は、日本人に対してこそ犯されたものであり、その後の戦争指導の拙劣さによって被害を蒙ったのは日本国民自身なのですから(戦争指導の拙劣さは、敵国に対してはむしろ「幇助」であり、皮肉な言い方をすれば、彼らは米国の勝利に多大の貢献をなしたとさえいえるのではないでしょうか)。
日本を取り戻す、そのために歴史の真実を明らかにする、というのなら、「共産主義者の開戦責任」と「政府・軍の敗戦責任」の両方を追及する必要があるように思います。
戦争と共産主義 (呉PASS復刻選書12)
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posted by 蘇芳 at 01:21|  L 「掟破りの逆15年戦争」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする