2016年02月29日

【動画】唐古・鍵遺跡 & 纏向遺跡


これらの遺跡をyoutubeで検索すると卑弥呼卑弥呼とうるさい動画が多くてウンザリします。
あれも卑弥呼これも卑弥呼、邪馬台国のたたき売りですね。
できるだけそういう「色」がついていない動画を見ておきましょう。






wiki:
唐古・鍵遺跡
纒向遺跡

縄文時代だの弥生時代だの古墳時代などという時代区分は、もはや無意味になりつつあるのではないでしょうか。
時代区分としての「古墳時代」以前にも古墳はあるそうですし、土器の様式で歴史を区分すること自体に、どれほどの意味があるでしょう。
文化史・美術史・建築史などならともかく、ロココ時代、バロック時代、などという時代区分で西洋政治史を記述しようとする学者がいれば、不自然でしょう。

いわゆる「弥生時代」「古墳時代」というのは、記紀に記された初期の天皇の御代にかさなるのですから、もう少しましな区分が考案されても良さそうなものです。

第七代孝霊天皇は、皇紀370年(西暦紀元前290年?)のまさにいわゆる「弥生時代」、黒田廬戸宮に遷都されています。
その所在地は「奈良県磯城郡田原本町黒田」というのが有力候補(もちろん諸説あるようです)。
そして唐古・鍵遺跡の所在地は「奈良県磯城郡田原本町大字唐古及び大字鍵」。
目と鼻の先ではないでしょうか?
これで、どうして、日本書紀だ孝霊天皇だ、という話ではなく、卑弥呼だ邪馬台国だという話になるのか、私にはいわゆる「古代史ファン」の頭の中がサッパリわかりません。

また、纏向遺跡の所在地は「奈良県桜井市の三輪山の北西麓一帯」だそうですが、古代史における三輪山ときて、どうして崇神天皇ではなく卑弥呼云々になるのかも、常識的に考えれば理解不能ではないでしょうか?
崇神天皇が皇紀566年(西暦紀元前94年?)に遷都されたのは磯城瑞籬宮。その推定場所は「奈良県桜井市金屋」が有力だそうです。ずばり纏向遺跡そのものといってもよさそうな地名ですね。
ここにおいても、素直に日本書紀を読めばいいものを、何が悲しくて信憑性の低い外国の史書をふりかざして、卑弥呼卑弥呼と連呼しなければならないのでしょうか?

唐古・鍵遺跡からは、大型建築跡のほか、農耕具、容器類、石器や木製品の未完成(製造工場があった?)、青銅器鋳造関連遺物や炉跡などなどが発見されているとか。
また、糸魚川産のヒスイや、岡山県産・静岡県産などと推定される土器なども出土しており、広範囲の交易が行われていたとも推測されているようです。
そして、それらの出土品の分布には、環濠内の地域別に明確な偏りがあり、集落全体が機能的に区画整理されていたとも推測されているそうです。
さらには、昭和60年に発見された木棺二基は、放射性炭素年代測定で2100年前のものと判明、皇紀になおせば575年頃、第九代開化天皇の御代に相当するのだとか。木棺に納められているのですから、被葬者はそれなりに身分の高い人物だったでしょう。高床式大型建築群の存在とあわせて考えれば、結構な統治機構が存在していたのではないか、と推測するに足る材料にも思えます。
以上、ソースは「歴代天皇で読む 日本の正史」ですが……
「欠史八代」として執拗に実在を否定されている天皇の都の伝承地の目と鼻の先に、大規模な交易を行い種々の道具類の製造工場群を持ち、高床式の大規模建築群があり、統治機能によって区画整理された「都市」があったのだとすれば……天皇であるかどうかはともかく、それを可能にするだけの中心的権威が存在したことを否定することは、不合理的でしょう。
そして、その中心的権威者を日本の正史に照らして推定することと、わざわざ信憑性の低い外国の史書に照らして決めつけることと、いったい、どちらが生産的なのでしょうか?
唐古・鍵遺跡が見つければ卑弥呼だと言い、纏向遺跡が見つかれば卑弥呼だと言い、吉野ケ里遺跡が見つかれば卑弥呼だと言い……いわゆる古代史ファンは、何人の卑弥呼を量産すれば気がすむのでしょうか?

唐古・鍵遺跡をはるかに上回る規模の纏向遺跡ならなおさらです。
三輪山の大神神社の創建と考え合わせても、ここが首都だったかどうかはさておき、まず何よりも「崇神天皇の御代の遺跡」として見るほうが、「弥生時代の遺跡」や「邪馬台国の遺跡」や「卑弥呼の遺跡」などといった正史に登場すらしない言葉で定義するより、はるかに使い勝手のいい作業仮説になるのではないのでしょうか。

唐古・鍵遺跡も、纏向遺跡も、皇紀で換算すれば、第十五代応神天皇の御代まで栄え続けたことになるようです。
が、同時代の北九州の吉野ケ里遺跡のような過激な戦乱の跡が、これら奈良の遺跡から発見されたということは今のところあまり聞かないようです。
卑弥呼卑弥呼と通俗古代史家が騒ぎ立てるにしては、遺跡が物語る古代大和地方は、あまりにも長期間、平和に繁栄しすぎているのではないでしょうか。
歴代天皇で読む 日本の正史
日本書紀(上)全現代語訳 (講談社学術文庫)
畿内古代遺跡ガイド
ラベル:日本書紀
posted by 蘇芳 at 01:36| 「日本書紀」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする