2016年02月21日

【動画】共産主義者の大東亜戦争責任(2/3)


前回のつづき。



動画概要:
アップロード日: 2009/03/11
1930年代初頭から1945年にかけての「軍国主義」、それは陸軍主導による日本の­社会主義(共産主義)化を「上からの革命」によって成し遂げようとしてきた日本型「革­命」の、表象の事実に過ぎない。これと並行してマルキストの近衛文麿(日中戦争拡大)­、左翼官僚(「企画院事件」など)、ゾルゲ・尾崎秀実らコミンテルンの策謀が進行し、­大東亜戦争へ至った。もし、大東亜戦争を非難するのであれば、その母胎となった社会主­義(共産主義)をこそ先ず非難すべきである。大東亜戦争=日本と東アジアの社会主義化­が真実であり、その敗戦革命、砕氷船理論の副産物としてではあるが、アジアを白人帝国­主義の植民地支配からの解放も生じたのである。

英国とドイツの例をあげた後、後半は日本の状況でした。
あらましはこちらで述べた通りですが、左翼共産主義者が戦争を起こした目的は、あらためて確認しておく価値があるでしょう。
「砕氷船理論」
「敗戦革命」
それらを知れば、逮捕後の尾崎の得々たる自白が、完全にレーニン・スターリンの意図に沿った内容だったことが、あらためてよく理解できるのではないでしょうか。
尾崎の鋭利な刃物のような予見力は、日本についても、「南方への進撃においては必ず英米の軍事勢力を一応打破しうるでありませうが、その後の持久戦においては日本の本来的な経済の弱さと、支那事変による消耗がやがて致命的なものとなって現はれてくるであらう」と予測している。
(中略)
そればかりか、日本は最終的に英米との戦争で破局的な敗北を回避するために「ソ連と提携し、之が援助を……必要とする」、そのためにも「社会主義国家としての日本を確乎として築きあげる」とまで言いきっている。二年後の一九四四年にはその通りになり、陸軍を中心にこのソ連との同盟(=日本がソ連の属国となること)を模索する終戦工作が開始された。
(中川八洋「近衛文麿の戦争責任」)
マルキスト首相・近衛文麿が、いわゆる「近衛上奏文」のなかで「恐るべし」と語ったものこそ、まさにこの「敗戦革命」ですが、近衛がなぜああも見事に共産売国奴の目論見を看破できたかといえば、近衛自身がその一味だったからに他なりません。
また、近衛があの上奏を行った動機が、尾崎同様の「偽装転向」にすぎなかったことも、(こちらで言及した終戦間際や戦後における昭和天皇への裏切りを見れば)、明白であるように思えます。

左翼売国奴にとって、「偽装転向」は何ら特異なものでも珍しいものでもなく、むしろ彼らの常套手段であること、ありつづけていることを、理解しておく必要があると思います。
それが現在も何ら変わっていないことは、前回列挙した田中、中曽根、小泉などがの例からもあきらかでしょう。

今も昔も、こうした鵺的存在が、あからさまな売国奴と同等かそれ以上に有害であることは、何ら変わっていないようです。

近衛、尾崎は言うまでもありません。
その他にも、たとえばこちらで昭和天皇が上杉慎吉の天皇主権論を否定されたことに触れましたが、一見「右翼」のように見える者こそが、左翼売国奴でした(天皇主権論とは要するに明治憲法≒立憲主義を全否定するアナーキズムにすぎません。近衛上奏に言うところの「右翼者流」の「左翼」の典型です)。

五一五事件、二二六事件はもちろんですが、終戦直前の8.15クーデター≒玉音盤事件の青年将校なども、岡本喜八の有名な映画などでは、青年の純粋さという「情緒」によって美化されると同時に、「軍国主義」「右翼」のレッテル貼りでその本質をごまかされていたことを、思いだしておきたいところです。
ソ連参戦後の本土決戦≒日本滅亡・ソ連の属国化≒敗戦革命を呼号することは、「右翼軍国主義の狂気」などではありえない、という可能性を、私たちは考量してみるべきではないでしょうか。

また「昭和維新」を呼号した橋本欣五郎が、自著のなかで「尊敬」を明らかにしている相手が、アタチュルク、ヒトラー、スターリンであることも知っておいてよいかもしれません。友人に健全野党の育成を頼んだアタチュルクを、ヒトラー・スターリンのごとき左翼独裁者と並び称していることは橋本の完全な誤解であり勘違いですが、その「誤解」もまた、橋本の思想傾向を逆説的に明らかにしているとも言えるかもしれません。

“もう一度「維新」を行い、独裁体制を構築し、天皇を、ヒトラー・スターリンと同列の「主権者」の地位にまで引きずり下ろせ!”
……要するに彼ら極左売国奴にとっては、「明治立憲体制」こそが、最大の敵だったのではないでしょうか?

明治天皇を深く崇敬せられ、昭和21年年頭の詔書冒頭に五箇条の御誓文を引用されるような見識の持ち主であらせられた昭和天皇こそが、彼らの前に立ちはだかられたのは、けだし、当然だったのかもしれません。
思えば「近衛新体制」に「昔の幕府のようなものを復活させて、上手くいくのか」と苦言を呈されたのも、昭和天皇でした。
226事件のさい、御自ら鎮圧に当たるとまで仰せになった先帝陛下の大御心に、国民は、今一度、深く思いを致すべきなのではないでしょうか。

「明治立憲体制」が実際に「破壊」された戦後日本の「闇」の本質が、「右翼」ではなく「左翼」にこそあることを、その「左翼」の背後に存在する敵国の日本に対する侵略意図を、しっかりと直視してこそ、日本を「取り戻す」道が見えてくるように思います。
近衛文麿の戦争責任
戦争と共産主義 (呉PASS復刻選書12)
ヴェノナ
スターリンの対日情報工作 クリヴィツキー・ゾルゲ・「エコノミスト」 (平凡社新書)
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歴史の書き換えが始まった!―コミンテルンと昭和史の真相 (日本の息吹ブックレット)
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戦後日本を狂わせたOSS「日本計画」―二段階革命理論と憲法
日米戦争を起こしたのは誰か ルーズベルトの罪状・フーバー大統領回顧録を論ず
ルーズベルトの開戦責任: 大統領が最も恐れた男の証言
ゾルゲ事件 上申書 (岩波現代文庫)
尾崎秀実時評集 日中戦争期の東アジア (東洋文庫)
亡国の「東アジア共同体」―中国のアジア覇権を許してよいのか
日本を滅ぼそうとする左翼人物団体事典
posted by 蘇芳 at 01:17|  L 大東亜戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする