2016年01月29日

【動画】「日本のこころ」 柱 (はしら)

    

「日本のこころ」シリーズ。



動画概要:
2013/04/15 に公開
木とともに生きた日本人は、木に宿る神を尊び、木の命を大切にしました。

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木を神の依り代として大切にし、神を一柱(はしら)、二柱と数えた日本人

国土の約7割が森林に覆われた日本は、世界でも有数の森林大国として知られています。
森が維持されてきた背景には、日本人の木に対する特別な思いがありました。森は生態系­を守り、あらゆる生き物を育みます。木はクリやトチノミなどの食料を与えてくれ、住居­や舟、衣類などの材料にもなり、衣食住に欠かせないものでした。
樹齢を重ねる巨樹は永遠の生命力を感じさせます。やがて人々は、木に神の存在を感じ、­神の宿る木を尊ぶようになりました。神を「柱」で数えるのは、社殿が建てられるように­なる前、木の御柱に神々を招いて祭りが行われたことによると言われています。伊勢神宮­の正殿床下に建てられる「心御柱(しんのみはしら)」は特別な御柱とされ、心御柱の奉­建は式年遷宮の祭りの中で特に重んじられてきました。
遷宮の後、神宮の古材は、全国の神社の造営などに再利用されます。将来の遷宮のための­植樹も行われてきました。神の宿る木を大切にしながら、人々は今を生き、命を未来につ­ないでいくのです。

「平成25年秋 第62回 伊勢神宮式年遷宮」
http://www.sengu.info/

Present by 伊勢神宮 式年遷宮広報本部(制作2012年11月)

神が「宿る」とは、そもそも、どういうことを言うのでしょうか?

天孫降臨の段で瓊瓊杵尊に下された三大神勅とはまた別に、臣下である天児屋命・太玉命の二柱にも神勅が下されています。
ひとつは侍殿防護の神勅、
願はくは、爾二神、また同じく殿の内に侍ひて、善く防ぎ護ることをなせ。
今ひとつは神籬磐境の神勅、
吾は則ち天津神籬た天津磐境を起樹てて、まさに吾孫の御為に齋ひ奉らむ。汝、天児屋命・太玉命、宜しく天津神籬を持ちて、葦原中国に降りて、また吾孫の御為に齋ひ奉れと。
これらを先の三大神勅とあわせて五大神勅とも称するようです。

ここに言う「天津神籬」「天津磐境」にも、神は「宿る」とされているようです。
それは原初においては自然の巨木や巨石であり、やがてはそれを模して作られる臨時の祭場のことを指すようにもなったと、言われてもいるようです。
そして、そのような臨時の祭場が、やがて固定化されて、建築物≒社が建てられるようになったのが、現在のいわゆる神社の原型だとか……通俗本のいうことですからどこまで本当か知りませんが、言われてもいるようです。

一時的に「宿る」にせよ、恒常的に「鎮座」するにせよ、神が現世の特定の場所に「在る」という観念は、仏教やキリスト教と比較したとき、興味深い対照を示していはしないでしょうか。

仏とは、六道輪廻から「解脱」した存在です。苦界である現世を離れて、涅槃に、浄土にたどり着いた存在です。つまりそれは本来、「この世」の存在ではない。仏の「居場所」は、基本的には、現世とは別の死後の世界の蓮の台の上なのでしょう。
また、ユダヤ・キリスト教における神は基本的には「天にまします」神であり、そもそも人間の暮らすこの現世はアダムやイヴが追放された場所であり、それ以前の「楽園」とは根本的に別の世界です。聖書においても、神と人との「居場所」は、やはり、原理的には別々の世界なのではないでしょうか。

仏教も聖書も、現世を否定的に見、ここではないどこか別の場所に理想の楽園を設定し、そこへの死後の到達を念願するという意味で、来世信仰の側面を持つように思います。

そのように神と人とが別々の世界に分断された信仰においては、神のメッセージが人々のもとへ「伝えられる」ことはあるとしても、それはどこか長距離通信のような形を取らざるをえないでしょう。
仏陀は間違いなく入滅したのですし、たとえば親鸞のように夢の中に仏が現れたと主張する僧侶がいたとしても、仏陀が今なお現世で暮らしている、などという言い方はしないでしょう。この世にいないからこそ、夢のお告げという「通信手段」が必要になるのです。
聖書においても、シナイ山なり何なりという具体的な場所に神が住んでいたわけではありませんし、アブラハムが面と向かって神と「会った」わけではない。ただ、「声」が聞こえてきたのではなかったでしょうか。

神々が具体的な場所に「宿る」、それどころか恒常的に「鎮座」さえされるというのは、これら来世信仰の神とは、ずいぶんと違っています。
それどころか、神道においては、有名な伊勢神宮の日別朝夕大御饌祭のように、毎日神々の食事を作り、捧げるということさえ普通に行われますし、神社の神宝の多くは、神々の衣装や調度類など生活必需品だったりもするようです。
そもそも伊勢神宮創建の由来をたずねれば、天照大御神は「この国に居らむと欲(おも)ふ」とさえ仰せになったのでした。
その場所に「居る」神。
現世の特定の場所に「在る」神。
単にそこに「在る」どころか、その特定の場所で「生活」さえされているのが、神道の神々です。

そもそも、「天津神籬」「天津磐境」に宿るのも神なら、「天津神籬」「天津磐境」を起ててその神々を祀るのも天児屋命、太玉命という二柱の神であり、この二柱はそれぞれ、中臣氏(藤原氏)と忌部氏(斎部氏)の祖先とされています。
また、天孫が降臨されたこの日本には、すでに数多くの国津神が住まわれており、大国主命のように社殿の建造を要求された神もすでにあったはずでした。

第一、高天原と言ってみたところで、天孫降臨はもちろん、それ以前の数次にわたる使者の派遣のように、神々は自由に往来することができたのですから、単にどこか別の「場所」≒「他界」というだけで、別にすべての魂が死後に到達する「来世」というわけではないようです。
そもそも、人が死後どこへ行くのかということさえ、神道には統一的な解釈がありません。高天原かもしれませんし、根の国・黄泉の国かもしれません。あるいは南方系の伝承なら海神国へでも行くのでしょうか(沖縄にはニライカナイの信仰がありますし、神武天皇の母と祖母は海神の姫です)。

もっというなら、大東亜戦争当時の帝国軍人にとっては、「靖国で会おう」が合言葉であったはずです。
死後の英霊の「居場所」さえ、東京都千代田区九段北3丁目という、現世の具体的な「場所」でありうるのです。

キリスト教の教会では、建物の内部に祭壇があり、信者は建物の内部に集会し、祭壇に向かって祈りを捧げます。
しかし、神道の神社においては、昇殿参拝もあるにはありますが、多くの場合には、建物の外部から、その建物に向かって祈るのではないでしょうか。
教会が人間が集まるための建物であるとすれば、神社は神々が宿り、鎮座し、生活されるための建物であるのでしょう。

私たちが生きるこの現世と同じ場所に、宿り、存在し、生活される神々。
私たちが生きるこの現世に「居場所」を持たれる神々。

もし、神々のいます国を「神の国」というのなら、神道におけるそれは、死後に「入る」場所でも、何千年か後の審判の後に「到来」するものでもなく、「今・ここ」にすでに現前しているのではないでしょうか。

神々のいます国、日本。
神々と共に暮らす国、日本。

天から下られた神々も、海から到来された神々も、元からこの地に生じておいでだった神々も、畢竟するところ、この豊芦原千五百秋瑞穂国に、「根付いて」おいでなのだ。というと、さすがに言葉遊びが過ぎるかもしれませんが……
しかし、こちらでも触れた通り、記紀においては、原初の神々でさえ、その出現は「なる」という植物の生成を思わせる表現で描写されていたのではなかったでしょうか。

結局のところ、現世のすべての生命が「産霊」のはたらきによって「産み出され」たものであるのなら、神道において神聖なのは、現世における「生命」そのものであり、死後の世界ではないのでしょう。
そしてその現世において、人とは異なる形態で生を営む植物、わけても人よりはるかに長い時間を生きる巨樹巨木が、畏敬の対象となることは、古代の人々にとって自然なことだったのではないでしょうか。

それはあるいは、日本にかぎった話ではないのかもしれません。
巨樹巨木への信仰、あるいは巨石への信仰は、古代において、世界的に広く見られる形態ではなかったでしょうか。
日本の「こころ」は、現代の私たちが想像する以上に、本来は、世界中に広く見られる普遍的なものだったのかもしれませんし、それら自然な信仰が創唱宗教によって駆逐されてしまった例が多い現在、「来世」における個人的救済よりも「現世」における生命の営みを重視する神道的思想は、いよいよ貴重であり、重要さを増してゆくのかもしれません。
とこしえの神道―日本人の心の源流
神と神楽の森に生きる
すぐわかる日本の神々―聖地、神像、祭り、神話で読み解く
posted by 蘇芳 at 02:07|  L 「日本のこころ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする